今朝は3℃くらいで曇っていたために気温はさほど下がりませんでした。
一日中雲の多い天気でしたが、明日が一日中雨の予報でしたので、朝、洗濯して干して出勤しました。
以前にも一度紹介していましたが、会社の同僚に勧められて、「中国私論」という本を図書館で借りて、読みました。
基本的に、旅行記のような感じで、中国の社会について語っている本です。
前に紹介した本(スッキリ中国論)より読みやすく、バランスの取れた立場と語り口で書かれているので、お勧めです。
第1章から第2章までは、
そう、多くの部分で共感するところはありませんでした。
第一章、中国人という体験
「人口の多さ」がポイントのようです。
第2章、現代の錬金術:腐敗にべらぼうに厳しい現在の中国の政治、そもそも腐敗する仕組みになっている社会を解説
第3章、反日と戦争責任
ここから、歴史問題も含めて、日本と中国の関係と姿をバランスよく描いて、語っていると思います。
たとえば「中国のナショナリズム」
相手の立場を理解することは相手の主張に動同意することではない、双方が相手の立場を理解しあわなければ対話は成立しない
残念なことに日本と中国韓国との間にはこんな当たり前の常識すら成立しなくなってしまった。
日中は隣国で今更戦争をするわけにいかない。友好以外の選択肢はないということは両国の大多数が同意するだろう。だとすれば
今必要なのはお互いのナショナリズムをみとめつつ、偏狭なナショナリズムから自由になることだ。
この部分は非常に共感します。
さらに、謝罪と許し
という小題がついた段落では、同じ敗戦国でありながら、歴史問題と向き合ったドイツとの比較が非常に興味深いです。
最後のまとめの部分、当たり前のことが理解できっていない、日本人のなんと多いことか。
第二次大戦を象徴する出来事というとホロコーストと広島長崎への原爆投下を思い浮かべる
ところでアウシュビッツとヒロシマの持つ意味は両国にとって全く異なっている。
アウシュビッツはいうまでもなく加害の記録、広島は日本人にとって被害の記録
戦後、日本人は無意識に加害と被害を相殺した。
中国が南京大虐殺、韓国が慰安婦問題を執拗に持ち出すのは日本人にとって都合のいい罪の相殺に対する異議申し立てだろう。
戦後ドイツはどう乗り越えたか
ドイツも侵略戦争植民地については日本以上の露骨な罪の相殺をしている。
ドイツは東欧諸国を植民地化し、ロシアを侵略した。敗戦によってベルリンを破壊されソ連占領下の東ドイツではソ連兵によって数十万の女性が強姦さえれた冷戦で東西ぶんあkつされスターリンはポーランド東部の領土をソ連に編入する代わりにドイツとの国境を大きく西に動かしドイツの領土の④分の一をポーランドに割譲させた。
これによって1000万人以上のドイツ人がついほうされリンチや強姦などで210万人が死亡行方不明になったという。
ドイツの政治家が戦争における加害を謝罪する際には必ず被害にも言及する。
1970年ワルシャワをほうもんしたブラント首相はゲットー英雄記念館の前でひざまづいて世界を驚かせたが
「今日はわが国民と私自身にとって、あなたの国民に与えられたおおきな苦難そしてまたわが国民が味会わなければならなかった重い犠牲について痛ましい記憶を思い起こさせる日です。」
ヴァイツゼッカーは
「戦いが終わり筆舌に尽くしがたいホロコーストの全貌が明らかになったとき一切何もしらなかた、気配も感じなかったと言い張った人は余りにもおおかったのであります。一民族全体に罪がある、もしくは無実であるというようなことはありません。罪と言い無実と言い、集団的ではなく個人的なものであります。」
「ホロコーストの主犯はヒットラーとナチスだが、だからといって自分たちが従犯であったことから目をそらすわけではない。但、責めを負うのはあくまでも個人であって民族全体=ドイツ人ではない」
靖国問題において、日本は「A級戦犯に責任がないというなら、戦争責任はいったい誰にあるのか」と問われている。
戦争責任についてあれこれ私見を述べたが中国、韓国を旅する時この問題で不快な思いをするなどということはない。どこの国であれ、相手の社会や文化を尊重し、お互いの立場を思いやることができれば、何一つ恐れることはない。そういった当たり前の話だ。
日本と中国の「歴史問題」という小題には、
以下の二つの文に関しても、今の日本人であれば、中国を考える前提にして欲しいところです。
中国から生まれた日本
日本の文化の多くは中国大陸から持たされた文化からスタートしている。
日本から生まれた中国
中国に民族意識を植え付けたのは日本の中国侵略。
4章 民主化したいけどできない中国
面白い題ですけど、読むと「ああ、そだねー」と納得します。
民主主義を無理やり導入して苦しんでいる国は世界に非常に多いです。民主主義と言うのは劇薬です。順序を踏まないと、多くの不幸をまき散らします。東欧、中南米、中東、アフリカなど、アラブの春、で、私たちは、多くの悲劇を見てきたではありませんか。
民主主義こそ最高、というアメリカの押し付けこそ、多くの世界の人々を不幸にしています。
彼ら自身がそこに気が付いていないところが、皮肉です。
私自身も、そう思って、このブログで何度か書いてきました、そこをその通り代弁して頂いている気がしました。もちろん大変共感しました。
理想と愚民主義
民主中国の権力者は沿海部の富を強権によってうばいとり貧しい内陸部に分配することを公約したポピュリスト以外にはありえない。
中国人はみなこのことを知っているから、中国全土の民主化に賛同することは絶対にない。
共産党支配が弱まって民主化を求める声が高まれば、豊かな沿岸部はかつての軍閥のように事実上独立し、自らの権益を守ろうとするだろう。恐らくこのことが、革命の正当性を失っても共産党支配が続く最大の理由になっている。
中国の人々は独裁にくるしんでいるが、独裁を必要としてもいる。
中国は民主主義を実現するには広すぎるし、人口が多すぎる。
ワシントンコンセンサスの挫折
欧米の金融マフィアは人権や汚職民主政治の進展度合いなどで支援先に厳しい条件を付けてきた。これが「ワシントンコンセンサス」
しかし、民主化すればなにもかもうまくいく、と言う楽観論はここ10年で無様な醜態をさらした。アメリカのイラクやアフガニスタンへの介入のこと。
民主主義には三権分立や法の支配など、権力を制約する制度的な仕組みが必要。
しかし、アフリカの国々にはこうした制度や慣習はない。
そんな社会に民主主義をどうにゅうすると当選した政治家は利権を独占し、少数派を排除だんあつする。内戦に発展し独裁政治よりも悲惨なけっかになる。
アメリカの善意が途上国の人々を不幸に突き落とすという不都合な真実をしてきしたのがポールコリアー
人権と民主主義を至上のものとする欧米流の途上国支援が破綻するのと引き換えに注目されたのが中国の開発支援。
こちらは北京コンセンサスと呼ばれ、
中国企業の経済的利益を重視、エネルギー資源の確保を目的とする、国際政治における中国の影響力拡大を目指す。
もっとも際立った特徴は相手国の人権や政治体制に一切条件をつけない。
強くなるほどに弱くなる。
あちこちから警戒され。
分裂する権力
政治家やメディアは「中国」という統一された意思を前提に話をするが現実にはそんなものはどこにもないのかもしれない。
現代史についての基礎的な知識を持つことは大事だがどちらの歴史認識が正しいかを議論することには意味がない。
人は誰も自分の見たいものしか見ないし、自分の理解したいものしか理解しない。
だったら国家の歴史認識と個人の人間関係を切り離せばいい。国家同士のくだらない諍いをはなれてつきあえる友ができたなら、これほど素晴らしいことはないだろう。
人は誰も自分の見たいものしか見ないし、自分の理解したいものしか理解しない。
これはジュリアスシーザーの有名な一言です。はるか昔から、人類は何一つ進んでいないと慄然とします。人間の本質なのでしょうね。
さて、明日は診察で病院に行くため、会社を休みにしています。
今年は昨年のブログにも書きましたが、年賀状のお返しのいくつかは、寒中見舞いとして終活年賀状にしました。
そのお返事で、遠くに離れて同じ会社に勤めている方々から、メールでお返事の連絡を頂きました。
皆さんはもちろんじ「初めて知ってビックリした」とありました。
少なくとも、自分の状況を知らせることができたのは良かったと思います。
年賀状を頂いて、「元気?」と言われて、こちらからも「元気?」と年賀状を返すのは白々しいし、やはり生きているうちに正直に知らせてよかったと思います。
共通の会社の同僚が50になる直前という年で、夏に心不全で急死されていますので、なおさらです。
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