2015年9月27日日曜日

VWのディーゼル車事件 その2

VWの問題は今後の環境車の方向性にどんな影響が出てくるんでしょうかね。
日本だと、もともとディーゼルはそれほど主流ではありませんでしたが、しばらく前に起こった黒煙問題でかなり地位が低くなっていました。
ここ数年、欧州発の環境にやさしいディーゼルが出始めて、マツダも環境性能と小型エンジンを両立させた新しいディーゼルエンジン(システム)を開発して目下絶賛売出し中です。
そんな、「ディーゼルを見直そうぜ」運動のさなかに今回のVWの事件が発生しました。

昨年、大陸の西の最果て旅行でレンタカーを借りました。
といっても全行程ではなく、グラナダからマラガ、ジブラルタルの区間だけです。
そのとき借りたのが、Miniでディーゼル。(下の写真)





これ借りたときにちょっとすったもんだあったんですが、しかたなくこれを借りることにしました。
欧州でレンタカー借りる場合はほとんどディーゼル、そしてマニュアルトランスミッション(MT)になるようです。
自分にとっては、ATよりもMTに乗りたかったんでラッキーでした。
ヨーロッパの街中では本当にディーゼル車が多いです。(ま、少なくともスペイン&ポルトガルでは)
うるさいエンジン音鳴らしながら、街中を走っています。
給油の際の値段は日本と同じく、ガソリンより軽油のほうが少し安いです。




(上から軽油、プレミアム軽油、レギュラーガソリン、ハイオクガソリン
 ガロンのアメリカと違って1L単位)
当時1ユーロ=144円くらいだったので、
軽油 197円
プ軽油 206円
レギュラー 213円
ガソリン 227円

昨年同時期の熊本でのレギュラーガソリン単価が163円ですからスペインの油、高いですね。
日本と同じく税金分が結構あるんじゃないいですかねえ

欧州ではディーゼル車の生活密着度がかなり高いので、今回の騒動があっても欧州からディーゼルが直ぐになくなることはないと思いますね。
ただ、ユーロ6はともかく次やその次の規制に対してはディーゼルで規制を克服するのは無理じゃないか、という見方が一般的です。
10年後、20年後の欧州からディーゼル車はなくなっているかもしれません。


2015年9月26日土曜日

冷却水補充

結局この連休は、ほぼ連日好天に恵まれました。
いい天気が続きましたねえ。ほんと、どこか行きたかったなあ。
一方、南にあった熱帯低気圧は颱風に成長し、現在台湾方面に向かって西進中です。
月曜日には石垣島に近づき、翌火曜日には台湾に上陸しそう。ひまわり画像を見るとかなり大きな目があるので勢力も大型、強力なようです。
あまり大きな被害にならないで突っ走って、さっと抜けてほしいです。

現在車は代車を借りているのですが、この代車でアラームが鳴りました。
メータ内を見ると「Coolant」関係のようです。
ボンネット開けて見ると、たしかに冷却水リザーブタンク内のピンク色の水位が規定より下にあります。
冷却水はその溶媒である水が徐々に蒸発して減っていくので、時折補充が必要です。
といっても、定期点検で少し水を足してあげれば滅多にアラームが鳴ることはありません。

代車だけに、補充されてなかったんでしょうか。
冷却水そのものはよほどのことがない限り補充する必要はありませんが、一応借りたディーラーに聞いたところ、水道水でいいですよ、とのこと。
ペットボトルに水道水入れて、リザーブタンクに補充して解決。

しばらく走行した直後にリザーブタンクのふた開けると「ブッシャー」って沸騰した蒸気があふれることもがあるのでご注意を。

2015年9月24日木曜日

VWのディーゼル車事件

VWのアメリカでのディーゼル問題が世界中で大きな話題になっているようです。

これがきっかけとなったか欧州の株式相場が崩れてアメリカに飛び火し、日本も連休明けの今日の株式市場は大きく下落しました。

VWといえば、トヨタと自動車販売台数の1位の座を争っているドイツのメーカーです。
その起源は第二次大戦のヒットラー(ナチス政権)にゆかりがあります。
ヒットラーは非常に貧しいドイツ国民を案じて、国民に車が持てるようにしよう、車が通る立派な道も作ろう、と考えました。(道路は「アウトバーン」作った)
当時、ドイツで自動車といえばポルシェ博士(フェルディナント・ポルシェ)です。ヒットラーはポルシェ博士に、国民が買えるくらい安価で、頑丈(安全)で、燃費に優れ、維持費が安い車を作ってほしい、と要請。
この結果できあがったのが「国民車」=フォルクス(国民の)ワーゲン(車)。
結果的にヒットラーが意図した国民への販売は、ヒットラー亡き後の戦後になります。
ビートルの愛称で親しまれ、2003年までほぼ形を変えず生産され続け販売が続きました。
この製造会社が今のVWです。

さて、アメリカが散々叩いていますが、個人的には同情を禁じえません。
確かに、消費者を欺いた、という点は相応の責任を取るべきでしょうが、アメリカ人に見つかったのが不運というしかない。
自動車産業をお国芸と思っている節があるアメリカ人は、自国の自動車会社には超甘いですが、他国の自動車会社やパーツ会社の不始末には息の根を止めようとするくらい執拗に攻撃(バッシング)してきます。
トヨタ(謎のアクセルペダル問題。結果的に原因不明のままトヨタが12億ドルの和解金支払い)、タカタ(エアバッグ問題)、ヒュンダイ(燃費詐称問題)など。
タカタのエアバッグ事件
アメリカのGM(ゼネラルモーターズ)はイグニッションキーの不具合を知っていながら対策を放置し、この不具合で死者も出ています。当初GMはこの不具合を公には認めず(社内では把握していたことが後日判明)、もめにもめて、現在大規模リコール発動中です。
対象台数も今回のVW(しかもディーゼル)に比べたら結構多いし(1500万台くらい)、しかも悪質なリコール隠ししていたんですからねえ、もっとバッシングされて会社無くなってもおかしくないくらいですけどね。(日本の三菱自工との比較になりますが。)

ちょっと、VWには気の毒な、と思われるニュースでした。
(そんな風に思うのは私だけだと思いますねえ)
ただでさえ、日本市場では販売台数をベンツに抜かれて、これから頑張ろうぜ的な社長を「何故か急に」交代させたりして「をたをた」しているときなのに。
せっかくスズキからふんだくった?(w 株式売却益どころではなくなりましたな。(いや、まだアレがあったから良いようなものの、という考え方もあるか。)

ディーゼルって世界的にも見直されつつあった矢先でしたからねえ。
個人的にはマツダのディーゼル乗りましたが、どうもねー、世間が言うほど評価は高くないです。
現行デミオの試乗記
http://pon-blue.way-nifty.com/sora/2014/11/post-c24f.html

エンジンのレスポンスが悪いとか、信号待ちのときのアイドリング音うるさいとか、まだまだガソリン車に代わるほどの改善があったようには思えませんでした。
あとね、マツダのデザインがね、、、(ry
世間が言うほど私の中でのマツダイメージは良くもなってないし悪くもなってない。

それはともかく、世間的にはディーゼル見直そうぜ、ていう(訳のわからん)流れに一石を投じそうな気がします。
これからどうなっていくのでしょうか。
(ちなみに、VWは日本でディーゼル車の販売を行っていないようです。)

2015年9月23日水曜日

懐フォト

今朝は少し晴れました。「今だ」と思って車に乗り込みドライブすること一時間と少々。


(2015.9.23 草千里から阿蘇火口を望む byNEX5N SEL24F18Z F13 ISO100 1/250)

阿蘇の話はまた後日。

ネットを通じて知り合った方の息子さんが、知り合った当初は小学生くらいで三国志好きでした。自分も小学生で三国志通(吉川英治のでかい本、3巻構成のほう)を気取っていたのでした。
時は流れて彼は今大学生。
まさに「光陰矢の如し」
んで、自分も大学生の頃、


(1992年8月2日 弘前郊外 カメラはCanon T70)

バイクに乗ってあっちこっちうろうろしてました。


(1992年8月2日 弘前城)

そういやー弘前城って、最近ニュースになってましたな。
石垣工事に際して、解体せずに工事期間中城を丸ごと移動させてどけておく、っていう。
まぁ、弘前城の天守ってすごくこじんまりしてて、たたずまいが「いい」んですよね。
松本城くらいの天守だと移動なってできんけど。熊本城なんて想像もできん。

って、こんな懐かしい写真と共にこんな写真も出てきました。











1996年に米国ワシントンDCに行ったときの写真。初海外が初海外出張(ん、逆か?)でした。(俺、若ええっ)

先日、太刀洗平和記念館に行ったときに、中の人との会話で「B29見た事ありますよ、スミソニアンで」と言ったら、では震電は飾ってありましたか?なんて聞くものだから、

私:「いや、さすがにソレはないです。ゼロ戦っぽいのは飾ってありました(上の写真)」
中の人:「そうなんですよね、スミソニアンでは解体されたままなんですよ、ハッハッハー」
私:(心の中で)B29はエノラゲイの先頭部分で、その機体は戦争を早期に終わらせた英雄としての展示なんだけどなー

この時の出張のお陰で、人生初海外のアメリカで、アメリカのえぐい所を「これでもかっ」ってほど見せつけられて幻滅させられたので、その後のニュースは中立的に見ることができるようになったかなあ、と思っています。
一番上の「Freedom is not free」はワシントンDCの朝鮮戦争戦没者慰霊地区にある碑です。文字通り、自由はタダじゃない、って意味です。
アメリカは、こういう素晴らしい言葉を碑として残し、みなに知らしめる、国でもあるのでした。

さて、バイク旅行は北は青森、南は九州佐多岬~枕崎まで行っているので、気が向いたらまたそのときの写真を上げます。ちなみに写っているバイクはホンダのVT250「ゼルビス」です。

2015年9月22日火曜日

ひまつぶし

世の中一般にお休みモードですね。
かく言う自分もお休みを満喫していますが、いわゆる「お一人様」ですw

ネットの記事にこんなのがありました。

「休暇中に誰とも話さず一人でいる時間が増えると、リラックスできるどころか、かえって心身の不調の要因となることがあるのです。」

ホントかよ?!
まあ、それはさておき。
暇つぶしに阿蘇の草千里に(噴煙を見に)行ってみようかな、と思ったのですが外は曇り空。(薄曇)

なので、阿蘇の様子はライブカメラで確認するにとどめました。
RKK ライブカメラ(YouTube)
https://www.youtube.com/watch?v=oDed-tLuojI


(2015年9月22日15時頃の草千里の様子 ライブカメラ画像キャプチャ)

駐車場激混みですな。阿蘇周辺の宿泊施設も連休中は満室らしいという記事もありましたので、先日の噴火の影響は薄いようです。というか慣れた?
いちおう警報もあるので油断は大敵です。
(暇つぶしに行こうとした人が言うなw)

さて、天気予報では「晴れ」と言ってたように思ったのだが。。。と天気図を見るとこんな感じ。


曇りそうにはないんだけどなあと「ひまわり」画像を見るとこんな。


んんん~

九州~四国付近の雲(恐らく高層)はなんじゃい~
南方の颱風になりそうな、ならなさそうな熱帯低気圧の影響とは考えにくいんですが、、、
大陸のほうも全体的に薄い雲がかかっていますねえ
すっきりしない空は大陸北方にある前線の影響でしょかね。
連休後半~週末は天気がよくないようです。

2015年9月16日水曜日

積極的な支持と消極的な反対は、結果から見れば同じこと。

政府と自民党が『戦争法案』を急いで採決しようと躍起になっています。
国会前の盛り上がりを見ていると、時間が経てば経つほど反対の盛り上がりが大きくなることを恐れたのでしょう。「時間をかけて、丁寧に説明」と言ってたような気がしますが、気のせいですかね。
一方、反対の立場をとる野党は、国会の一部を占拠して国会運営そのものを妨げようとしています。ですが、果たしてこれは共感を得るのでしょうか。
少なくとも国民の多数はこの「戦争法案」そのものは積極的に支持をしていません。
これは、マスコミ各社の世論調査で明らかです。
ですが、国会の主役は議員で、その議員の多数派は衆議院も参議院も与党自民党です。

これを決めたのは、積極的に選挙に向かった人々と、選挙を放棄した人々、です。
国会の決定は、最終的には国民の責任に帰するもので、それを「占拠」とか、採決をむりやり妨害して阻止することは、野党のためにはならないと思うのです。

仮に自分が信じる正義が多数派で、多数決で採決する際に少数派の人々が、力でこれを阻止したら(実際には出来ませんが)、議席の多数は何の意味があるのか、ということになります。
仮に、この力による妨害活動がアピールのためとしても、あまり利口な方法とは感じません。
アピールは別な方法で行うべきです。
国会内で座り込みをしたり、委員長の発言を止めるためにマイクを奪うというような子供じみた、共感とは程遠いことするよりも、せっかく国民の多くが積極的に支持していないことが分かっているのだから、これを大きな波に変えることのほうが、長い眼で見たときに利があるように思うのです。。。。

生ぬるいんですかね。
政府や自民党の意図は明らかなほどに分かっています。
日本人は積極的な反対をしない間に物事が決まってしまうと、賛成ではなくても「お上の決めたこと」には渋々ながらも従う、という国民性があります。
これは、反対の声を上げないだけで、「支持している」とは全く異なるのですが、世間的に見たら、世界的に見たら、これは賛成し支持しているのと全く同じです。
積極的な支持と消極的な反対は、結果から見れば同じこと。

消極的な反対が、時間を追うごとに積極的な反対に変わる前に物事を決しておきたい、というのが不安倍増君の本音じゃないでしょうか。

2015年9月15日火曜日

イギリスの労働党党首選

今朝はすごく寒く感じて眼が覚めました。
熊本市の今朝6時頃の気温は18~19℃くらい。(アメダスのデータより)
菊池で16℃くらいでした。さすがにタオルケット1枚では厳しいかも。
目覚めは23~4℃くらいの生ぬるい、、、いや、さわやかな気温のほうがいいですなあ。
それでも日中は26℃を超えて、気温的には夏日だったようですが、少し雨が降りました。
お陰で、帰宅するときに会社の駐車場においてある車はまだら模様。
おそらく、阿蘇噴火の降灰影響がありそうです。降るんだったら、どばーって降ってほしいです(w
明日、明後日は雨マークがありますがどうなりますことやら。

先日、イギリスの労働党党首選がありました。
イギリスの労働党党首、というと記憶に残っているのはトニー・ブレア氏ですね。
彼はそれまでの労働党のカラーを破り、Third Way(第三の道)として(社会民主主義な路線からより中道的な)新自由主義経済路線を採用し広く支持を集めました。
労働党、というのは日本で言えば社会党、社民党に近い路線で、労働争議やスト、デモといったネガティブでやや時代遅れな印象がありました。
日本の手厚い年金、健康保険制度、失業保険制度、というような福祉・社会保障制度は、社会主義的な政策・施策で自民党のような保守主義政党から出てくるものではありません。
日本人はこういった社会福祉制度に貪欲で敏感なわりに、これを党是とする政党には見向きもせず、かくて社会党はなくなり、社民党も風前の灯といった状況なのは皮肉のような気もします。
イギリス労働党の話でした。
この党首選は圧勝といえるような勝ち方でジェレミー・コービン氏次期党首に決まりました。
労働党自体は5月に行われた国政の総選挙で大敗を喫しています。
この敗因の一つには、スコットランドの独立を謳うスコットランド国民党に多くの議席を奪われたこともあるのですが、現時点で敵対する保守党が全体の50%の議席を占め、労働党の議席は36%程度になっています。
コービン氏は明らかに反動的で極端な左派で、党内でも警戒する声はあったようです。
それまでの中道寄りの路線は(先の選挙で敗れたことの原因として)支持者にはなまぬるい印象を与えたのかもしれません。
歴史をみると、バランスをとった政治というのは(政策決定プロセスの道のりが長く、変化がわかりにくく、支持を継続して受け難いという点で)最も難しく、(右でも左でも)どちらかに偏った政治というのは(決断が早く、変化が極端で分かりやすいという点で)政治手法としては簡単で支持を受けやすいです。
しかし、破綻するのはたいがい後者の政治で、しかも歴史上大きな傷を残してきました。
今や日本でも(それほど多くない)ナショナリズムの声を背景に選挙に勝ち、議席の大半を占めるようになった党と、独裁的な国家元首が暴走の色を濃くしています。

そもそも民主主義とは、生ぬるいものです。
ですが、

It has been said that democracy is the worst form of government except all the others that have been tried from time to time.
(民主主義は最悪の政治といえる。これまで試みられてきた、民主主義以外の全ての政治体制を除けば、だが。)
~ウィンストン・チャーチル~






2015年9月14日月曜日

阿蘇の噴火に「あ、そう?」と言ったかどうかはともかくのお話

阿蘇が噴火した、と聞いたのは朝の一仕事を終えた後でした。
スマホを通じて、ちょっとばかりの騒ぎになっている風な感じ。
で、お昼休みに建物の4階付近から阿蘇のほうを眺めてみたら、、、

いつもと何が違うん?

親からも電話がかかってくるし世間でどんだけ大騒ぎしとんのよ?
親の電話は、先月末に送った仕送りの確認と、とっくの昔に過ぎ去った颱風「天鵝」について聞かれたくらいなので、のんびりしたものでしたが。
まぁ、少なくとも熊本の菊陽近辺から市内のほうは普段と変わりません。
今回の噴火が近い将来に起こるより大きな噴火の予兆でないことを祈るのみです。


フラッシュメモリーとイギリスの労働党党首選と戦争法案の行方と株安と東芝株の行方と、(ブログに書こうと思って)気になっていることはいくつもあるのですが、とりあえず今回のお題はこれ。

NANDフラッシュがDRAMの領域に浸透して行きそうな勢い。

これは、IntelとMicronが先日発表した3D XPointなる技術のことです。
現時点ではDRAM全ての置き換えではなく、一部の置き換えによりシステムダウンなどアクシデントに対する冗長性を持たせる役割が期待されているようです。
が、いずれフラッシュとDRAMの垣根はなくなっていくのかもしれません。
会社のノートパソコンは125GBのSSDを積んでいて、この中にOSが入っています。
メモリの中にそのマシンを動かす命令コードが入っているというのは、ちょっと前の組み込みROMのようなイメージがあります。
フラッシュはその構造上、書き換えの回数には物理的に限界があるので、半永久的な使用を前提としたような場所には使えません。
その辺を踏まえたコンシューマー品がいずれ世の中に出てくるんでしょうね。
(製品には明確な寿命がある、中古品には大きなリスクがある、というような)




2015年9月13日日曜日

大雨の爪あと

9月2週目の週末。熊本は予想外にとてもいい天気でした。お陰で洗濯が捗ること、捗ること(w
来週末からシルバーウィークなる、長期お休みがあるのですが何も計画していません。
実は海外出張するかも、見たいな話があったので計画していませんでした。
今年は、こういう計画狂わせな海外出張(及び、その計画)が多くてストレス溜まります。
って、今まで計画通りの海外出張なんてなかったか。
10月中旬に休暇をとって行きたい所に行く、が現時点での自分の最大の目標、野望、、、妄想???

さて、ニュースを見ると東日本の大雨の爪あとが深いようです。まだまだ復旧には時間がかかりそうですねえ。
どこかの市長が謝罪会見し、堤防の決壊は「想定外だった」と言ってたようです。
4年前の地震の時にもよく聞いたフレーズです。
自然災害は想定外なことだらけです。
神ならぬ人間の力が全て想定出来るわけがないのですが、4年前にそのことを深く学んだと思うのです。
少なくとも、「堤防」は決壊するまでの間に避難する時間を稼ぐ種類のものです。
大雨による増水、越水を防止する、というのは限界があります。
こういった内容は、私の原発に対する反発の大きな要素でもあります。
原発の事故は、限界を越えた際に防ぐ手段はなく、尋常ではない事態が発生します。
今回の大雨により、福島原発事故で発生した除染土が撒き散らされていた件も、非常にもやもやします。
福島原発周辺では、今回の大雨による汚染水の行方はどこも報じてませんでしたがあふれかえって大変なことになっていないのでしょうか?

さて、8月の発電、受電の電力量(全国10社合計)は8ヶ月連続で昨年を下回って783億キロワット時あまり。
気温は昨年並み、という報道ですが結構猛暑だったような気がしますけどね?
それでも既存の電力会社への需要は減少しています。そんな中、九州電力では鹿児島の原発を再稼動させています。
電力会社と原発ムラの人々は、かなり意地になっています。
原発を再稼動させて出てくる原発のゴミをどこに廃棄するつもりでしょうか。
仮に場所が見つかったとして、廃棄にかかる費用は。
万が一事故にあったときの費用は。
そういった(事故前に比べて、かなり明確になった現在ですら)もろもろをうやむやにして、どこに行こうというのでしょうか。
想像力、という能力を今一度点検してみてください。

2015年9月10日木曜日

自然災害に対する気構え

関東の、ある直線状に分布した上空で、二つの颱風によって流れる風がぶつかり雲が湧き上がって長時間大雨が降っていました。
大雨の降った地域は鬼怒川~利根川の流域で、今日午後には茨城県常総市付近の鬼怒川の堤防が決壊。
NHKのサイトでは現在放送中の画面をWeb上で見ることができます。(4年前、台湾で同じように日本の映像を見ていたことを思い出しました。)
水量が多く、かなり激しく氾濫しているようです。
まだ何人か行方不明の方がいらっしゃるようですし、現在も各所で100人単位で救助を待っている方々が居られるようです。
眠れない夜になるかもしれません。何とか無事に救出されることをお祈りします。

50年に一度の大雨といいますが、こういう雨や災害は50年毎に来るわけではありません。
来年も再来年も、今回を上回る大雨が来る可能性はあります。
テレビや新聞などの見出しとして、耳目を引きやすいからといって週刊誌レベルの不正確で誤解を生む表現は出来ればしてほしくないですね。
4年前の地震で「~年に一度の大地震」というような表現を見たときにも、同じような思いをしました。
人は一時(いっとき)の災害なんて忘れやすいものです。振り返ったときに「昨年、50年に一度の大雨が来たから今年はもう来ないだろう」と思う人はきっといます。

自然を克服し絶対な安全を確保する、というのは人間にとって決してたどり着けない理想です。(それを求めて努力することは大事なことです。)
命は大事です。
何はなくても、難を逃れて助かることが大事です。そして自然を甘く見ないことです。

今朝、公表されていた氾濫警戒情報や土砂災害警戒情報


(この7時間後には越水、14時間後に氾濫)





2015年9月8日火曜日

大英博物館といえば。

颱風が近づいいちょりますね。東海、近畿以東は大雨に警戒、だそうです。
九州・熊本の今朝は予想外の快晴でした。日中は雲がやや多いときもありましたが、まぁいい天気だったんじゃないですかねえ。
先週の週間予報では今週いっぱいぐずつく感じの予報でした。
秋の空はなかなかてごわいですね。

さて、閑話休題、表題の話題。


ロゼッタストーン(レプリカ)

大英博物館といえば、真っ先に思い浮かべるのはロゼッタストーン。
そして、(他国の貴重な遺物や美術品を奪って飾っている、という意味での)泥棒博物館。

欧米諸国で植民地を持った国は数多くありますが、イギリスはそれらの国々の中でもやや特殊じゃないかと個人的には思っています。
イギリス人の巧妙な植民地政策(分割統治)は最たるものですが、イギリス人の植民地への溶け込み方や植民地を持つ帝国の支配層が抱きがちな領土欲が非常に薄かった点が挙げられると思います。
前述のイギリス人の植民地への溶け込み方が尋常ではなかったことに通じるのですが、支配地域の文化に対して比較的公平な眼を持っていた(自国の文化を押し付けることがほとんどなかった)ことは、大英博物館の今の姿を考える上で重要じゃないかと思っています。

さてそんな大英博物館の貴重な収蔵品が、この夏、国博に来ていました。
「大英博物館展 100のモノが語る世界の歴史」
自分が訪れたのは最終日の前日。
夏休みも終わり人出は少なかろうと踏んだのですが、とんだ見込み違いでした。
駐車場待ちの車の列から開放され、ようやくの思いで中に入るとこれまた大勢の観衆、、、
人波に揉まれながらも、非常に興味深い遺物の数々を堪能してきました。


展示は世界の歴史の時代を追うように並べてあり、いわゆる歴史書で言う編年体形式です。
ヨーロッパとアジア、アフリカや南米などで同時代に起こっていたことが同じエリアに並べてあり見比べることが出来ます。
世界各地で起こった文明がそれぞれの地域で歴史を重ね、大海を隔てて交わる機会のなかった文明が大航海時代を契機に出会い、悲劇喜劇を生みながら歴史を刻んでいきます。
このようなことを見せることができるのは大英博物館ならでは、です。






題の通り、100のモノが並んでいます。

1番目は大英博物館で最古の遺物。アフリカ・タンザニアのオルドヴァイ渓谷で発掘された200万年前の石器。




100番目は下の写真の一番左。見えにくいですが太陽電池のランプと充電器(中国製)。



個人的に印象深かったのは下の6点


ウルのスタンダード(未だに何に使われたか分からない「謎の箱」)(B.C.2500)



楔形文字を刻んだ粘土板(イラク南部 B.C.3100~3000)
 

アラビアの手形奉納品(イエメン A.C.100~300)



アメリカ先住民のパイプ(ネコ)(アメリカ オハイオ州 B.C.200~A.C.100)



イフェの頭像(ナイジェリア イフェ A.C.1100~1200)



ヘブライ語が書かれたアストロラーベ(おそらくスペイン A.C.1345~1355)


大英博物館に限らず、博物館の収蔵品は自国のものだけに限りません。
他国の大事な遺物を、時に悪辣な方法で持ち出し、流れ流れて博物館で飾られる、ということがよくあります。
大英博物館が、略奪博物館とか泥棒博物館と揶揄されるゆえんです。
ただ、その時代にそのままにしておけばどこに行ってしまっていたか、もしくは破壊されたり焼けてしまって2度とお目にかかれなかった可能性のある遺物も少なくないでしょう。
英国人が、自国のもの以外の価値を認めない偏狭な人々であったら、大英博物館はこの世に存在しなかったでしょう。
歴史上の英国人がモラルの高い道徳的で紳士的な人種、といえばアメリカのネイティブの歴史を見れば明らかなように嘘になりますが、大英博物館を残したことは人類におけるひとつの功績と言っていいのではないでしょうか。

最後に、九州国立博物館が選んだ101点目のモノとは、、、、


「折り鶴」でした。

見に来てたお客さんはたいがい折りよったねえー。しかもみなさん、折り鶴折るときは一心不乱って感じでした。
自分も、折り鶴作りました。作り方忘れてなくてよかった(ホッ)

折った鶴は、


鶴の形をした入れ物のなかに入れる仕組み。
折り鶴を作る文化を持っている日本人は素敵だな、と思いました。


...。oо○**○оo。...。oо○**○оo。...。oо○**○оo。

写真は開館10周年記念を迎えた
「九州国立博物館」
ご覧のスポンサーからの提供でお送りいたしました。
(*転載とかしないでね。)






2015年9月7日月曜日

24-32-48-64

この数字、半導体関連の数字です。
簡単に種明かしをすると、積層NANDフラッシュの層の数です。
現在、技術的なTopを走るのは韓国Samsungで48層を実現しています。
これよりやや遅れて東芝・Sandisk連合が後に続きますが、積層NAND、いわゆる3D-NANDの開発はこれまでSamsungの独壇場でした。
つい先日まで米国サンタクララで開催されていた「Flash Memory Summit 2015」では、この2社だけでなくIntel/Micron連合とSK hynixも、3D NAND製品のロードマップを発表しています。
来年にはこれらのメモリーメーカーの3D NAND製品が出揃うことになりそうです。

メモリー(記憶素子)の数を増やす方法として、従来の横方向(いわゆる「面」)の集積度向上が限界に近づいているので、縦方向に積みあげる手法を取りつつあります。
これが「3D NAND」です。
フラッシュメモリーの大容量化が進むにつれてSSDも一般的になってきました。
今年リース期間の更新で交換されたうちの会社のノートパソコンは内蔵ハードディスクがSSDになってました。
立ち上がりがすごく早いので、マイクロソフトOSパソコンのリセットもあまり苦になりません。

1年半か2年位したら積層の数は64層になると、「Flash Memory Summit 2015」での発表がありました。(Samsung、東芝/Sandisk連合)
自分の仕事に直接的にどう絡んでくるのか分かりませんが、すごいことですな。
とどまることを知らない半導体の歴史には驚かされる一方でわくわくします。

歴史といえば、もう終わってしまいましたが先日、国博に行って特別展『大英博物館展 100のモノが語る世界の歴史』を見てきました。
既に終わっているので、「ぶろぐるぽ」にエントリー出来るかどうかわかりませんが、エントリーできたら展示品の写真が掲載できるので、写真と供に感想をアップしようと思います。

身近な半導体製品と言えばスマホですが、大手キャリア(au)からMVNO(OCN)に契約変更して2ヶ月ほど経ちました。
新しいスマホ(といっても中古Galaxy)の使用感と供にMVNOの感想もいずれ近いうちに書こうと思います。

と、そんなこんなで今日は予告編みたいになってしまいました。




2015年9月6日日曜日

今は地中海?

7月に製造@ブリュッセル
8月31日に出港。
10月15日くらいに到着予定らしい。

2015年9月3日木曜日

日本人はいつになったら「けじめ」をつけられるのか

今日、中国では抗日戦勝記念日として国が定める休日となっています。

先の大戦の終戦時、中国の政権は共産党ではなかったのに、共産党が自分たちを勝者として喧伝することに「なんかおかしい」的なネットの記事を見かけました。
確かに第2次大戦が終わったとき、世界的な認識の上での中国の政権は孫文などが設立し蒋介石が当時リーダーだった国民党による中華民国です。
但し、この国民党は中国の全土を支配していたわけではなく、内陸の一部には共産党支配地域もあり、いわゆる国共合作という連合を組んで日本帝国の侵略と戦っていました。(抗日戦争)
終戦後、中国では内戦が起こり(国共内戦)対日戦で疲弊した国民党側が破れ共産党が支配権を握り、国民党政権幹部は台湾島に逃れ現在に至ります。

つい先日まで、日本の首相もこの抗日・戦勝記念のイベントに参加するような雰囲気がありましたが、なぜか取りやめになりました。
さらに、日本からは日本の駐中国大使さえも参加しないようです。(政府高官、駐中国大使含む政府代表が一人も出席しない先進国は日本のみ)
ちなみにアメリカやドイツなどは駐中国大使が参加。フランスやイタリアでさえ外務大臣が出席。オランダも国務大臣出席。
ロシアや韓国は大統領が参加。他世界各国も大使や政府関係者の出席があったようです。国連事務総長も出席していますね。
要するに日本だけがこのイベントに反発しているような態です。日本は孤立化したいのか。
戦後70年も経つのに女々しい、と思われても仕方がないような態度を現政権は取っています。

抗日戦争、というのは正確には『抗「日本帝国」戦争』のはずです。
ですが、今の自民党の態度とこれに反発する中国政府のやり取りが、これを現在の「日本」に置き換えてしまっているようにおもいます。(その発端は言わずもがな、自民党ですが)
お互いの国民にとってこれほど不幸なことはないとおもいます。
なぜ、安倍首相は当時の日本帝国の過ちを素直に認め、日本帝国政権、および暴走した軍部によって多くの日本人が不幸になり、それを上回る大勢の他国の人々を不幸にしたことを率直に認めないのでしょう。
自分が日本人でなければ、負けた国のくせにずうずうしい、と聞こえる戦後70年の談話でした。
本来ならば、戦争の道に日本を引きずり込んだ当時の政府・指導者層の不明を語り、現在の指導者としてそれを謝罪し、その出現を阻止出来なかった当時の日本の状況を2度と作らないように誓うべきでした。

被害にあった他国の人にとって見れば、旧日本帝国と今の日本は同じと思う人も少なくないかもしれません。
ですがこの言い換えは、少なくとも日本国内においてはけじめがつけられます。
このけじめは対外的にも有効なけじめです。ドイツを見るといい。
少なくとも、今回の習近平主席のスピーチにはそういう歩み寄り(周恩来~田中、大平以降続いていて、これまでどおりなんですが)がありました。
靖国神社に旧日本帝国の戦争指導者が祭られていることの不可思議さも、結局はけじめがつけられていないからです。(と私は思います)




2015年9月2日水曜日

HTCの株価

今日も株価下げましたねえ。
下げ止ったかと思いきや、、、、
せいぜい、200日移動平均が上値重石になりそうな雰囲気です。

さて、話は台湾です。
といっても日本でもそこそこ名の知れている台湾のスマホメーカーHTC。
日本ではauでスマホ売っています。
実は以前auと契約しているときに、買い換える機種でHTCの「One(HTL22)」とか「バタフライ(HTL23)」を検討したことがありました。



(HTC J butterfly HTL23)

8月の半ばに、
「一時はスマートフォンのトップ・ブランドの一角を占めたHTCの企業価値が事実上、ゼロになった。」

というニュースが出ました。
その頃の株価は52.1TWD(台湾ドル 8月14日週末値)でした。(日本円で201円)
直近9月2日の株価はさらに下落していて、45.9TWDです。(日本円で169円)
時価総額で380億TWDになります。(日本円でおよそ1400億円)
これがHTCの手持ちのキャッシュよりも少ないことで大騒ぎになったようです。
ちなみに6月末時点の手元現金は472億TWDだった模様。

HTCを買収して資産だけ売り払えばおつりが儲けになります。
つまり、株価からキャッシュを割り引いた価値はむしろ「お金を出すから引き取って」という不良資産と見なされているということ。ブランドも、工場も。
ちょっと行きすぎですよねえ。
それとも表に出ていない隠れた負債があるのでしょうか?
ここのところHTCの商売はうまくいってません。ヒット商品がないのです。また、それ以上にスマホの市場が急速に成熟化した、こともあるでしょう。
スマホの売れ行きは急速に鈍化しているようです。

世界の人々にスマホが行き渡ったのであれば、いわゆる日本を襲った「コモディティ化」の波に沈みつつあると言っていいでしょう。
スマホの価値は「恐ろしく安い(価格競争)」、もしくは「斬新で便利な機能」でしか計れなくなってきています。いや機能よりもやっぱ価格かな。
かく言う私も、安い中古スマホに乗り換えた口ですからねえ。
HTCは今後、日本の家電メーカーと同じ轍(てつ)を踏むのかどうか、注目していきたいです。

2015年9月1日火曜日

9月

とうとう9月になりにけり。
TOP画像は国東の富貴寺の風景

戦争法案反対をアピールするデモの動きが全国で広がっているそうな。
日本人はアピールするのが下手ですが、少しづつ変わってきているように思います。
原発反対をアピールしている首相官邸前の定期デモは現在も行われている模様。
デモ、ってDemonstrationのことです。「僕らはこうこう思っているんだぞ」ということをアピールする活動です。昔の日本なら「上訴」のようなものでしょうか。ちがうか。
そんなことしたらとたんに頸を刎ねられていた時代に比べれば、今は表現の自由が尊重されるのです。

この表現の結果、賛同の輪が広がって大きなうねりになるのか、全く相手にされないまましぼんでいくのか、これは分かりません。
でも、今はネットという媒体があるので伝えることは昔ほど難しいことではないのかもしれません。
たとえ、政府が圧力を加えてマスコミの報道が制限されても、いずれ伝わるものは伝わります。
暗い影を落としつつある陰気なナショナリズムやネオコンの勢力に負けるな日本!