2006年11月30日木曜日

Dr.コトー 8話目

~Caution! ネタバレ注意~
以降に、ストーリーの展開など重要部分が記述されています。


まだ、ぐじゅぐじゅっとしてます。


ストーリー的には前回の続きでした。
ゆかりさんは一日でも長く家族と過ごしたい、同じ時間を生きていたい、と強く願い、きつくてつらい抗がん剤治療に入ります。
コトー先生は入院ではなく在

宅治療という形をとりました。それはゆかりさんの気持ちを第一に考えてのことでしょう。
ゆかりさんは一日一日を、かけがえのない日々の積み重ねであるように大事に、そして強く生きたいと願いながらすご

していました。
ちかちゃんの食器をいとおしそうに少し悲しげに見つめる姿がとても切なかった。
(基本的にこのあたりから終わるまでずーと涙が止まらない状態)
治療の効果を見るため検査を

すると病気が劇的に改善されています。コトー先生はいかにも信じられないといった様子。
このあたりから自分は技術者としてコトー先生に思い入れをしながら見ていました。
和田さんが「先生が常識

を覆せばええじゃないか」とコトー先生を励ましていますが、技術者はもともと常識(自分ならば物理学の法則とか)を元に目の前に起こった事象を分析し次の仕事の組み立てをします。
技術者の延長である医

者は特に人の命を預かる、という立場からその傾向は強いと思います。
奇跡なんてあやふやなことを信じて運任せでいるような医者(技術者)の仕事を誰が信じるでしょう。
たった一つしかない命に対

して、簡単に何かの実験をあれこれ試すといったこともできません。
これまでの医学の蓄積の中で得られている統計的に確率の高い判断を下すことが最善、と信じているのが医者でしょう。
コトー先生

の激しい葛藤がとても苦しい。
そしてコトー先生にとっては余命宣告、ある意味で「死の宣告」をせざるを得なかったゆかりさんが奇跡的に回復します。
先生は恐らく、医者は人の命の期限を決められ

るほど偉大な存在なのか、自分(先生)は何かとんでもない思い違いをしていなかったか、と自分に問い苦しみます。


今回は見ていてほんとにとてもつらかった。


ゆかりさんが回復して、ハッピーです。
ゆかりさん自身や原さん(剛利)が言うように何の慰めでもなく先生のお蔭で回復できたんだと思います。
一方で、死の宣告のために病気そのものではなく

絶望感から死期を早めていたらどうするんだ、と苦しむコトー先生のつらさも感じます。
おそらく今回の話は、似たような病気で苦しむ彩佳の件に絡んでくるでしょうし、そのことで先生を苦しめるのかもしれません。




2006年11月28日火曜日

Dr.コトー 7話目

~Caution! ネタバレ注意~
以降に、ストーリーの展開など重要部分が記述されています。


前回、邦ちゃんのツッパリと剛利のツッパリ、そしてそれを包み込む島の人のやさしさに涙したポン吉でした。


さて、今回はサッチン・・・じゃなかったゆかりさんです。きれいなお母さんですね。
おなかに違和感があって、ゆかりさんもおめでたなのー♪なんて春江さんにからかわれてます。
検査で胃カメ

ラ飲んでます。おいらには春先の人間ドックの悪夢が脳裏を掠めます。おぇー ・・・以下自粛。(苦笑)
でもじつは大変な病気で、いったん手術するんですが(コトー先生でも)どうにもならない状態になっ

てます。
ある晩、本土で出産する予定だった春江さんが急に産気づいて診療所で出産します。
春江さんの赤ん坊を抱いて「命の重さ」を再認識するゆかりさん。
「これが、命の重さなのね」


自分が赤ん坊抱いて感じたことは、なんてかよわい存在だろう、ということでした。
それを「命の重さ」と言うのかどうか今でもちょっとわかりませんが、でも・・・
「何物にも変えられない、こ

の世でたった一つしかないもの」
と、とっても大事でそしてちょっとだけ怖い思いが混じりながら感じたことを思い出していました。
もうわずかの命(かもしれない)と知らされたゆかりさんがそのと

き感じた重み、は他にもいろんな意味があったのかもしれません。
・・・ん?そういや、おいらは姪を抱いたことがあったかナ?


そしてゆかりさんは小さい子供のチカちゃんを旦那さんの姿を見ながらコトー先生に病気と闘う決意を言います。
どんな時も生きることを考えてください、と語るコトー先生。


どぉー(涙の音)


簡単に命をあきらめる子供たちに見せたい、そして命の重さというものを改めて考えてほしいと思いました




2006年11月18日土曜日

Dr.コトー 6話目

前回、自分は涙しませんでしたが重さんが張り切ってました。


今回は前半邦ちゃんのストーリーでした。邦ちゃんもおっきくなりました。
先週、剛洋が島に帰ってきたとき、邦ちゃん生意気にタバコ吸い始めてて剛洋に勧めたりしてました。
まぁ中学生にもな

ると、周りからもう子供ではない、と自覚を促される一方で、どこか子供扱いされる中途半端な時期です。
背伸びしたい気持ちは分かります。


自分も中学生のとき、どうしても大分市で行われる天文関係のイベントに出席したくて、担任の先生に告げて一人で汽車に乗って町を出ようとしました。
当時の佐伯の中学校は今では考えられないほど規

則の厳しい、古臭い体質の学校だったので、中学生の一人旅などもってのほか、と止められました。
天文関係のイベントなので時間帯が夜だったのもいけなかったんでしょうか。


まじめな(?)ポン吉少年は先生とひざ突き合わせて話し合いをしましたが議論は平行線のまま。
結局、
「そんな規則なんぼのもんじゃい!」
と一人で汽車に乗って1時間半くらいだったか

かけて大分に行って、大きな望遠鏡で生の大迫力の木星や土星を見たり、星好きの人が世の中いっぱいいるんだ、と初めて知る機会にもなってすごくいい経験をしました(と思っています)。


お酒が良くないとかタバコが良くない、とかと話は違うかもしれません。
でも大人の決め事に反発している、と言う意味で当時の自分はおんなじことをしていたつもりです。
そう、自覚して反発し

てました。


大人の決め事ってなんて無意味なものが多いんだろう、って今でも思います。
安易な子供の味方をするつもりは一切無いんですが、かといって大人の言う事が全て正しい、と思っているわけでもありませ

ん。
先生と話した、と書きましたが、とってもいい先生で今でも尊敬しています。
この件に関しての話し合いにはどうしても納得いかなかったのでした。
話は平行線でしたけど、多分止めても彼

は行くんだろうな、と先生は思っていたんじゃないかなぁ。


そんな反発をTVの中の邦ちゃんもしています。
彼も家の仕事である農作業より、海の仕事に憧れがあるのでした。
その事を誰も(親も含めて)ちゃんと聞こうとしてくれない、という寂しさもあ

ったんじゃないかと思います。


ドラマは後半剛利さんと剛洋の話に移ります。
邦ちゃんと剛利さんの話の二つの山場でポン吉は大泣きしてました。
多分大人に反発して突っ張っている邦ちゃんと、仕事のために島を出てしまって

昔の仲間の迷惑になりたくない、と突っ張っていた剛利さんに、自分を重ねていたのかもしれません。


(島の)人の優しさ、思いやる気持ちっていいものですね。




2006年11月11日土曜日

Dr.コトー 5話目

5話目、って全部やるつもりか、俺?


・・・ってな事はさておいて。
前回は昌世さんの約束の卵焼きにむせび泣いたのでした。


今回は剛洋が夏休みで東京から志木那島に帰ってきます。全財産をなくした父剛利もその事は秘密にしたまま帰ってきます。
剛利が事故したり仕事もなくしてしまったことをふとしたことで重さん達が知

り、心配して課長に相談しますが剛利が「余計な事はするな」と重さんと喧嘩しているところを、コトー先生と剛洋に見られてしまいます。
この辺のやりとりで少しうるうるしたんですが、今回の5話では泣き

ませんでした。


今年の「Drコトー」では初っ端から重さん大活躍、って感じがします。
コトーや課長に心の内をさらけ出している場面が多い気がします。
前はなんか突っ張ってるところが多くて、苦虫噛んだよ

うな顔してやり場のない感情に耐えてるところが多かったような感じがしてたんだけど、今年の重さんはよくしゃべってる。おまけによく魚をぶら下げてる(笑


回数を追うたびに島を出てガンの治療を続けている彩佳の状態が芳しくなくなっているのが気になります。
ん~剛利・剛洋父子のことやミナちゃんも含めて、今回は縦糸とか伏線がちょっと多いかな。

/>もう少しコトー先生と島のことを描いて欲しいなぁ。




2006年11月3日金曜日

Dr.コトー 4話目

前回、剛利、剛洋親子の行方に気になったところまででした。
ひなちゃんの手術でみなちゃんが活躍して泣いちゃった話はブログで書いたとおりです。


今回は昌世さんの今後の回復について、コトー先生が課長と重さんに説明してます。課長を毒づきながらも心配する重さん。2年前の豊漁祭の日、脳溢血かなんかで倒れ麻痺が残った昌世さんですがリハビリです

こしづつ回復し、コトーに約束の卵焼きを作りました。ここでど~っと泣いてしまいました。


剛利が昔の友人?から勧められ未公開株に手を出し、実はそれが詐欺だったことがわかります。
このあたりは株やっている自分からすると、「あ~絶対手を出しちゃだめぇー」と思うのですが剛利父ちゃ

んも追い詰められてたしねぇ。
心の隙間、ってどうしても出来ちゃうんだよね。
それにつけ込んだ奴が圧倒的に悪、なんだけど。
学校の成績が悪くて自身を失っている剛洋とともに今後の展開が

気になります。


重さんが、まりさんに
「櫛の歯が抜けるようにみんないなくなっちまう。」
と淋しげにつぶやいた言葉が心に残りました。


離島は一部をのぞいて過疎の危機を抱えています。
前にも書いた「瑠璃の島」はまさしくこの問題をついていました。
過疎が進んでも、残る人に医療が必要。人が少なくなっても施される医療に多

い少ないは関係ないのです。
少しづつでもみんなが考えて、改善していかなくてはいけない問題なんだと思います。




2006年10月27日金曜日

Dr.コトー 3話目

前回、彩佳が病気の治療のために島を出たところまで、でした。
さちおじの一件で泣いちゃった話は前のブログのとおりです。


さて今回はひなちゃんち(小沢先生ち)の話です。剛洋とおなじでひなちゃんも中学生。かわいく大きくなりましたねぇ。
ひなちゃんのお母さんは島の生活になじめず、ややノイローゼ気味で旦那さんの

小沢先生と喧嘩が多くなっています。ひなちゃんが病気で血がとまらなくなって、直りかけたところにちょっとした事故で内出血してコトー先生の開腹手術を受けますが、血が止まらないのでお母さんの輸血が必要に

なって新人看護婦のみなちゃんが採血するんだけど疑心暗鬼のお母さんに「絶対助かります!お父さんとお母さんの結婚記念日のために貝を集めてプレゼントしようとするひなちゃんのようないい子が助からないはず

ありません!(表現は正確で無いかも)」と言い切ります。手術は無事に終わり、ひなちゃんのお父さんとお母さんもお互いに歩み寄って仲直りします。(いつも雑なまとめですいません)
新人でそそっかし

いところがあって採血するのも下手でみんなに敬遠されているみなちゃんが、頭を深く下げてひなちゃんのお母さんに採血をお願いするところあたりから涙腺が緩んでいました。
みなちゃんが「絶対助かります

��」って言ったあたりでダムは決壊、大洪水(^_^;)


物語の最後のほうで無理している剛利・剛洋親子がちらりと見えて、その行方がすんごい気になる終わり方でした。


2006年10月21日土曜日

「Dr.コトー診療所2006」

昨日、ドラマを見ました
「Dr.コトー診療所2006」


最初にドラマ化されたとき(2003年)は知らなくて翌年の正月のスペシャル見て、泣いてました。
ん~涙腺がゆるい。
いつのまにか復活してたんですねぇ
あれから2年経ったんだなぁ。


剛洋も中学生で随分大人っぽくなっててびっくりしました。
今年のは欠かさず見ようと思いました。原作の漫画もすごく良いです。


昨日は石橋蓮司扮する頑固じい(さちおじ)が奥さんなくしてやけっぱちになってて、家が火事で大やけどして、生きる望みをなくして自殺しようとして、柴崎コウ扮する看護婦(今は看護士師か)の彩佳にはた

かれて止められていました。(雑なまとめ方ですんません)
「尊い命をそまつにしないで、死ぬなんて簡単に言わないで」
といった彩佳の言葉は心にぐっと来るものがありました。(自分はここで号泣

しました)


最近自殺のニュースが多いです。
死んだ人に鞭打つようですが、自分は自殺者に強い憤りを感じます。
死んだ人がかわいそうだ、と言う世の風潮に反対するつもりはありません。
ですが、尊

い命を粗末にする行為に対して、真剣に同情する気持ちにはなれません。
いろんな状況があるにせよ、生きて耐えていかなくちゃ。


特にここ最近の、小学生がいじめを苦に自殺、のニュースはとても残念です。
いじめする側が圧倒的に悪いと思いますが、いじめられた側が逃げ場をなくして(もしくは逃げ場を探した挙句)自殺を選ぶ

のは非常に不幸なことです。


いじめは昔からありますが、本人だけの問題ではないでしょう。
本人が努力してなんとかなるなら自殺はしなかったかもしれません。
周囲の、当事者が子供であれば大人たちの、気遣いが欲しかっ

た、と言う結果論もある程度理解できます。
自殺して明かされる事柄、といってニュースに出てますが、事後になってようやく親が気づく、と言うことが多いようです。
学校が事実を隠していた、とど

ちらかといえば学校側の責任を問うような報道はちょっとピントがずれている気がします。
そう思うと学校のせいにする親にも同情できません。


小さい心を痛めて、その挙句に一人さびしく死を選んだ子供達を思うと、そして残された周囲の人の悲しみを思うと、切なくて切なくてたまりません。


でも。


「いじめ」は時代や場所を選ばずどこにでもあり、生まれながらにその肌の色や地域によって「差別」と言う名の社会的いじめを受ける人々もいます。
それに負けないで生き抜いたひとが大勢います。

/>自分自身を省みて、いじめの原因をなくそうとする努力で乗り越えた人も大勢います。


死にたい、と思うほどつらいことは世の中いっぱいあります。
こう書いている自分ですらそう思った事がないわけではありません。
多くの人がそう思っても、負けないように精一杯生きているんで

す。
生きたい、と思っていてもどうにもならずに病気や突然の事故で命を落とす人もいます。


安易に「死」を選ばないで欲しい。
命の尊さをしっかり考えて、決して粗末にしないで。


いつも心に蒼空を。