私は夏の南の島で受ける強烈な日の光が好きですが、夜空に輝く月の淡い青い光も好きです。
淡いとは言え月光も意外と強烈なので、月光のせいで黒いベルベット布の上にばら撒かれた宝石のような星空
が見えないといまいましく思うときもありますが、年がら年中満月ではないですからね。
さて、今年の夏にそんな月の周りを回る衛星を日本が打ち上げます。
「セレーネ」(SELENE:SELenological and
ENgineering Explorer)
セレネというと、ギリシャ神話の月の女神です。こちらはティターン神族なのでマイナーですね。
どちかっていうとオリンポス神族アルテミスの方が有名かもれません。
太陽神ヘリオスとか曙の女
神であるイオスと兄姉妹です。
selenology セレノロジー=月学
という英単語があることをはじめて知りました。
この月周回衛星「セレーネ」に載せて月へ送る「お名前」と「メッセージ」を募集しています。
今月いっぱいまでで締め切り予定だったんですが、急遽2月28日まで締め切りが延びました。
もし
興味がある方は下記サイトをのぞいて見てください。
インターネットでもハガキ(2月28日消印有効)でも応募可能です。
href="http://www.isas.ac.jp/j/new/event/selene_camp/index.shtml">http://www.isas.ac.jp/j/new/event/selene_camp/index.shtml
2007年1月29日月曜日
2006年12月22日金曜日
Dr.コトー 11話目
~Caution! ネタバレ注意~
以降に、ストーリーの展開など重要部分が記述されています。
前回はコトーの苦しみと課長や昌代さんの優しさといたわりに涙ぼーぼーでした。
今回が最終回。
おいらのTVドラマ・ブログネタとしても最終回?(^^ゞ
彩佳の手術の日が近づきます。
鳴海先生は手術の前に会ってもらいたい人がいる、とコトー先生を自宅に招きます。そこには寝たきりになって機械につながれた、言葉はおろか意思表示すら出来ない鳴海
先生の奥さんがいました。その昔、病気で倒れた奥さんを自ら手術してうまくいかず、結果こうして寝たきりの状態にしてしまったことをずっと自分のせいにして、心のとげとして悔やんでいる鳴海先生がいるのでし
た。コトー先生に、私の妻は生きていると言えるのか、という質問を投げかけます。そして言うのです。患者に対して特別な感情をはさんではいけない、人間がやる以上手術に絶対はないのだから、と。
いよいよ手術。
彩佳には剛洋が付き添います。
島ではみんな-和田さん、ミナさん、三上君、重さん、マリさん、剛利、ゆかりさんたちが心配しています。
手術は無事終了します。
し
かし、コトーは放心状態です。
術中、アクシデントのためコトーは自分を見失い、鳴海に「目の前にいるのは星野彩佳ではなく、1人のがん患者と思え」と叱咤されます。
その後空白はあるもののコト
ーは自分を取り戻し手術を再開しますが、やはり、彼にとって冷静で居られない状況だったのです。
ベンチに座って放心しているコトーに鳴海先生は、医者と患者の関係についてコトーの姿勢を批判します。
「ふざけるな」と、いつもは冷静な鳴海先生が自身の失敗と後悔を背景に、生ぬるい感情論に翻弄されるコトー先生に対し医者の風上にも置けないという気持ちを強烈にぶつけています。
鳴海先生の言
い分も理解できるし、彼の悲しみが伝わってきてここで泣けてきました。
ずーっとこれまでは嫌味ったらしいシーンしかなく、アンチ鳴海な人がいたと思いますが、この場面で熱い一面を見せたことで彼のキャラクターの深さを印象付け名誉挽回したんじゃないでしょうか。
いよいよコトーが病院を出るときに鳴海に対して質問の答えを返します。
人として答えるならば、鳴海が生きていると思っている限り生きている。
医師として答えるならば、鳴海が治療を続ける限
り奥さんは生きています、と。
そして、いつか奇跡は起こるかもしれない。そこに「も」絶対はないのだと。
(これは奇跡など絶対にない、というかつてゆかりさんの回復状況を話したときの鳴海の言
葉に対する返しでもあります。)
手術に絶対はない(=手術中には感情を排す)、と言った鳴海の忠告に感謝し、一方で信じ続ける(=患者との関係に感情の介入を許す)ことの大切さを鳴海に伝えたかったん
じゃないかと思います。
今回コトーと鳴海という、同じ医者でもまったく価値観が違ってしまって対極にあるかのような二人の描かれ方をされていますが、その目的はどちらも同じです。
人の命を救う。ただそれだけ。
だ
けどその方法については誰も正解を知らない。
医師としてその目的にどう関わっていくことが正解なのか、は誰にもわからないことですし、もしくはどこにも唯一の正解なんてない、と思います。
コトーは自分の選んだ離島医療の道をくじけず突き進む決意を固めたかのようです。
島に戻り三上先生と二人きりで診療所の屋上での会話で、何で僕たちは医者なんでしょう?、と問う三上先生に、
/>医者って何なんでしょう、でも医師であることの意味を問い続けることを放棄してはいけないと思っています、と答えるコトー先生。
感謝する三上先生に片手を差し出しお互いしっかり握手したのは、これ
からも離島医療を頑張っていこう、という気持ちの現れですね。
(唯一の)正解というものがない道を進まなければならない、というのは「医者」という、多様な人の人生に関わる仕事の宿命なんだと思います。
最後にコトーから剛洋に宛てた手紙の中で、病気を診て
いるはずの自分がみんなの笑顔で励まされている、医者として人として生きる勇気をもらっている、というくだりがあります。
これがコトーの見つけた医者とは何か、という問いかけに対する(いくつもある)
答えのひとつなんだろうと思います。
そして島の医者を目指す剛洋にそれを伝えるところで終わります。いつかはバトンタッチする日がくるのでしょうね。
はぁ・・・ついに終わってしまって、さびしいです。もう泣けないのか-って。
それも、かなり。
あれ?泣くことに飢えてんのか、俺?(オイオイ
よくよく考えてみると、「ER」にしろ、「Dr.コトー」にしろ好きなドラマに医療系が多いのは偶然だろうか。
以降に、ストーリーの展開など重要部分が記述されています。
前回はコトーの苦しみと課長や昌代さんの優しさといたわりに涙ぼーぼーでした。
今回が最終回。
おいらのTVドラマ・ブログネタとしても最終回?(^^ゞ
彩佳の手術の日が近づきます。
鳴海先生は手術の前に会ってもらいたい人がいる、とコトー先生を自宅に招きます。そこには寝たきりになって機械につながれた、言葉はおろか意思表示すら出来ない鳴海
先生の奥さんがいました。その昔、病気で倒れた奥さんを自ら手術してうまくいかず、結果こうして寝たきりの状態にしてしまったことをずっと自分のせいにして、心のとげとして悔やんでいる鳴海先生がいるのでし
た。コトー先生に、私の妻は生きていると言えるのか、という質問を投げかけます。そして言うのです。患者に対して特別な感情をはさんではいけない、人間がやる以上手術に絶対はないのだから、と。
いよいよ手術。
彩佳には剛洋が付き添います。
島ではみんな-和田さん、ミナさん、三上君、重さん、マリさん、剛利、ゆかりさんたちが心配しています。
手術は無事終了します。
し
かし、コトーは放心状態です。
術中、アクシデントのためコトーは自分を見失い、鳴海に「目の前にいるのは星野彩佳ではなく、1人のがん患者と思え」と叱咤されます。
その後空白はあるもののコト
ーは自分を取り戻し手術を再開しますが、やはり、彼にとって冷静で居られない状況だったのです。
ベンチに座って放心しているコトーに鳴海先生は、医者と患者の関係についてコトーの姿勢を批判します。
「ふざけるな」と、いつもは冷静な鳴海先生が自身の失敗と後悔を背景に、生ぬるい感情論に翻弄されるコトー先生に対し医者の風上にも置けないという気持ちを強烈にぶつけています。
鳴海先生の言
い分も理解できるし、彼の悲しみが伝わってきてここで泣けてきました。
ずーっとこれまでは嫌味ったらしいシーンしかなく、アンチ鳴海な人がいたと思いますが、この場面で熱い一面を見せたことで彼のキャラクターの深さを印象付け名誉挽回したんじゃないでしょうか。
いよいよコトーが病院を出るときに鳴海に対して質問の答えを返します。
人として答えるならば、鳴海が生きていると思っている限り生きている。
医師として答えるならば、鳴海が治療を続ける限
り奥さんは生きています、と。
そして、いつか奇跡は起こるかもしれない。そこに「も」絶対はないのだと。
(これは奇跡など絶対にない、というかつてゆかりさんの回復状況を話したときの鳴海の言
葉に対する返しでもあります。)
手術に絶対はない(=手術中には感情を排す)、と言った鳴海の忠告に感謝し、一方で信じ続ける(=患者との関係に感情の介入を許す)ことの大切さを鳴海に伝えたかったん
じゃないかと思います。
今回コトーと鳴海という、同じ医者でもまったく価値観が違ってしまって対極にあるかのような二人の描かれ方をされていますが、その目的はどちらも同じです。
人の命を救う。ただそれだけ。
だ
けどその方法については誰も正解を知らない。
医師としてその目的にどう関わっていくことが正解なのか、は誰にもわからないことですし、もしくはどこにも唯一の正解なんてない、と思います。
コトーは自分の選んだ離島医療の道をくじけず突き進む決意を固めたかのようです。
島に戻り三上先生と二人きりで診療所の屋上での会話で、何で僕たちは医者なんでしょう?、と問う三上先生に、
/>医者って何なんでしょう、でも医師であることの意味を問い続けることを放棄してはいけないと思っています、と答えるコトー先生。
感謝する三上先生に片手を差し出しお互いしっかり握手したのは、これ
からも離島医療を頑張っていこう、という気持ちの現れですね。
(唯一の)正解というものがない道を進まなければならない、というのは「医者」という、多様な人の人生に関わる仕事の宿命なんだと思います。
最後にコトーから剛洋に宛てた手紙の中で、病気を診て
いるはずの自分がみんなの笑顔で励まされている、医者として人として生きる勇気をもらっている、というくだりがあります。
これがコトーの見つけた医者とは何か、という問いかけに対する(いくつもある)
答えのひとつなんだろうと思います。
そして島の医者を目指す剛洋にそれを伝えるところで終わります。いつかはバトンタッチする日がくるのでしょうね。
はぁ・・・ついに終わってしまって、さびしいです。もう泣けないのか-って。
それも、かなり。
あれ?泣くことに飢えてんのか、俺?(オイオイ
よくよく考えてみると、「ER」にしろ、「Dr.コトー」にしろ好きなドラマに医療系が多いのは偶然だろうか。
2006年12月21日木曜日
Dr.コトー 10話目
~Caution! ネタバレ注意~
以降に、ストーリーの展開など重要部分が記述されています。
前回はミナちゃんが自分の居場所を見失いそうになったとき、島のみんなが温かく見守っていたことに涙しました。
あ、そこは書いてなかった。ま、いっか。
いよいよ彩佳の問題がクローズアップされます。
彩佳の手術が決まり、コトー先生もついに彩佳父の課長にすべてを明かします。
課長はショックを受け内緒にしていたコトーにあからさまに失意を見せます。そんな課長は彩佳のもとに駆けつけ担当医の
鳴海先生から「生存確率」なんて難しい言葉を投げかけられ、輪をかけてショックを受けます。父親と娘は病気の重圧とお互いの気遣いがすぎて言い争いになり剛洋に目撃されます。
一方、剛洋からその様子を
聞いた剛利はコトー先生に彩佳のそばにいたほうがいいのではないかと聞きますが、コトーは課長に内緒にしていたこと、さらにいえば単なる医者と看護師、という関係以上に意識している彩佳を島に引き止めるべき
だったのではないかということに苦しんでいた、と告白します。
和田さんやミナちゃんもコトーが彩佳のもとにいくことを後押しします。
ある晩、昌代さんと課長が診療所に尋ねてきて、ずっと一人で
秘密を抱えて耐えてきたコトー先生をいたわり謝ります。そして二人とも頭を下げて娘のそばにいてほしいと頼みます。コトー先生も秘密にしていたことを二人に謝ります。
彩佳と課長のぶつかり合いあたりか
らちょろちょろ流れていた小川も、もうここで大洪水です。もうダメ。
その後、コトーの代わりに三上くんが来てたり、彩佳と病院であったコトー先生が「あやかさーん、来ちゃったっ」となんかひっくり返りそうなくらい似合わない明るい声で言っているのが涙流しながらウケまし
た。
コトー先生と鳴海先生との相克がいよいよ次回クライマックスを迎えます。
とても冷徹で、医者と患者の間に線を引くことが感情に左右されず確実に患者を救う医療につながると信じる鳴海と、
離
島医療に関わり、医者と島民との距離が近づくことを目指し、島民の生活を含めた大きな意味での医療活動こそが真の医療と信じるコトーと、
自分はどちらも否定する気になれません。
この物語はどう
いう結末を私に投げかけるでしょうか?
あぁ、もういよいよ今週最終回です。
彩佳はどうなるのか?コトーは?
・・・日付かわってるから、今日夜10:00より!!
以降に、ストーリーの展開など重要部分が記述されています。
前回はミナちゃんが自分の居場所を見失いそうになったとき、島のみんなが温かく見守っていたことに涙しました。
あ、そこは書いてなかった。ま、いっか。
いよいよ彩佳の問題がクローズアップされます。
彩佳の手術が決まり、コトー先生もついに彩佳父の課長にすべてを明かします。
課長はショックを受け内緒にしていたコトーにあからさまに失意を見せます。そんな課長は彩佳のもとに駆けつけ担当医の
鳴海先生から「生存確率」なんて難しい言葉を投げかけられ、輪をかけてショックを受けます。父親と娘は病気の重圧とお互いの気遣いがすぎて言い争いになり剛洋に目撃されます。
一方、剛洋からその様子を
聞いた剛利はコトー先生に彩佳のそばにいたほうがいいのではないかと聞きますが、コトーは課長に内緒にしていたこと、さらにいえば単なる医者と看護師、という関係以上に意識している彩佳を島に引き止めるべき
だったのではないかということに苦しんでいた、と告白します。
和田さんやミナちゃんもコトーが彩佳のもとにいくことを後押しします。
ある晩、昌代さんと課長が診療所に尋ねてきて、ずっと一人で
秘密を抱えて耐えてきたコトー先生をいたわり謝ります。そして二人とも頭を下げて娘のそばにいてほしいと頼みます。コトー先生も秘密にしていたことを二人に謝ります。
彩佳と課長のぶつかり合いあたりか
らちょろちょろ流れていた小川も、もうここで大洪水です。もうダメ。
その後、コトーの代わりに三上くんが来てたり、彩佳と病院であったコトー先生が「あやかさーん、来ちゃったっ」となんかひっくり返りそうなくらい似合わない明るい声で言っているのが涙流しながらウケまし
た。
コトー先生と鳴海先生との相克がいよいよ次回クライマックスを迎えます。
とても冷徹で、医者と患者の間に線を引くことが感情に左右されず確実に患者を救う医療につながると信じる鳴海と、
離
島医療に関わり、医者と島民との距離が近づくことを目指し、島民の生活を含めた大きな意味での医療活動こそが真の医療と信じるコトーと、
自分はどちらも否定する気になれません。
この物語はどう
いう結末を私に投げかけるでしょうか?
あぁ、もういよいよ今週最終回です。
彩佳はどうなるのか?コトーは?
・・・日付かわってるから、今日夜10:00より!!
2006年12月14日木曜日
Dr.コトー 9話目
~Caution! ネタバレ注意~
以降に、ストーリーの展開など重要部分が記述されています。
前回はさっちん・・・ではなくゆかりさんのガン克服とコトーの苦悩に涙しました。
今回の主役はミナちゃんです。
改めていうとミナちゃんは、内緒で病気治療のために本土に渡った彩佳の代わりに島に来た看護師さんです。
はじめのころはおっちょこちょいでそそっかしくて手術
に立ち会うと血を見てたじろいで、みんなをハラハラさせていたミナちゃんでしたが、今ではすっかり島の看護師らしくなってきています。
そんなミナちゃんの旦那さん(と名乗る人)登場。
弱々しそ
うな外見からは想像できない秘密を持っていました。
ミナちゃんはそこから逃げ出して島に来たんですね。
すったもんだがあって、ミナちゃんは自分にとって落ち着く場所のある島に残りたい、という
意思を貫きます。
島の人もそんなミナちゃんをやさしく包み込むように見守ります。
ところで「愛を乞う者」というのが9話目の題でした。
さだまさしの歌の歌詞にこんな一節があります。
「相手に求め続けてゆくものが恋 奪うのが恋 与え続けてゆくものが愛 変わらぬ愛」 (恋愛症候群)
ミナちゃんと弱イケメンの旦那がうまくいかなかったのは、「愛」の本当の意味を知らなかったということになるんでしょうか。
以降に、ストーリーの展開など重要部分が記述されています。
前回はさっちん・・・ではなくゆかりさんのガン克服とコトーの苦悩に涙しました。
今回の主役はミナちゃんです。
改めていうとミナちゃんは、内緒で病気治療のために本土に渡った彩佳の代わりに島に来た看護師さんです。
はじめのころはおっちょこちょいでそそっかしくて手術
に立ち会うと血を見てたじろいで、みんなをハラハラさせていたミナちゃんでしたが、今ではすっかり島の看護師らしくなってきています。
そんなミナちゃんの旦那さん(と名乗る人)登場。
弱々しそ
うな外見からは想像できない秘密を持っていました。
ミナちゃんはそこから逃げ出して島に来たんですね。
すったもんだがあって、ミナちゃんは自分にとって落ち着く場所のある島に残りたい、という
意思を貫きます。
島の人もそんなミナちゃんをやさしく包み込むように見守ります。
ところで「愛を乞う者」というのが9話目の題でした。
さだまさしの歌の歌詞にこんな一節があります。
「相手に求め続けてゆくものが恋 奪うのが恋 与え続けてゆくものが愛 変わらぬ愛」 (恋愛症候群)
ミナちゃんと弱イケメンの旦那がうまくいかなかったのは、「愛」の本当の意味を知らなかったということになるんでしょうか。
2006年11月30日木曜日
Dr.コトー 8話目
~Caution! ネタバレ注意~
以降に、ストーリーの展開など重要部分が記述されています。
まだ、ぐじゅぐじゅっとしてます。
ストーリー的には前回の続きでした。
ゆかりさんは一日でも長く家族と過ごしたい、同じ時間を生きていたい、と強く願い、きつくてつらい抗がん剤治療に入ります。
コトー先生は入院ではなく在
宅治療という形をとりました。それはゆかりさんの気持ちを第一に考えてのことでしょう。
ゆかりさんは一日一日を、かけがえのない日々の積み重ねであるように大事に、そして強く生きたいと願いながらすご
していました。
ちかちゃんの食器をいとおしそうに少し悲しげに見つめる姿がとても切なかった。
(基本的にこのあたりから終わるまでずーと涙が止まらない状態)
治療の効果を見るため検査を
すると病気が劇的に改善されています。コトー先生はいかにも信じられないといった様子。
このあたりから自分は技術者としてコトー先生に思い入れをしながら見ていました。
和田さんが「先生が常識
を覆せばええじゃないか」とコトー先生を励ましていますが、技術者はもともと常識(自分ならば物理学の法則とか)を元に目の前に起こった事象を分析し次の仕事の組み立てをします。
技術者の延長である医
者は特に人の命を預かる、という立場からその傾向は強いと思います。
奇跡なんてあやふやなことを信じて運任せでいるような医者(技術者)の仕事を誰が信じるでしょう。
たった一つしかない命に対
して、簡単に何かの実験をあれこれ試すといったこともできません。
これまでの医学の蓄積の中で得られている統計的に確率の高い判断を下すことが最善、と信じているのが医者でしょう。
コトー先生
の激しい葛藤がとても苦しい。
そしてコトー先生にとっては余命宣告、ある意味で「死の宣告」をせざるを得なかったゆかりさんが奇跡的に回復します。
先生は恐らく、医者は人の命の期限を決められ
るほど偉大な存在なのか、自分(先生)は何かとんでもない思い違いをしていなかったか、と自分に問い苦しみます。
今回は見ていてほんとにとてもつらかった。
ゆかりさんが回復して、ハッピーです。
ゆかりさん自身や原さん(剛利)が言うように何の慰めでもなく先生のお蔭で回復できたんだと思います。
一方で、死の宣告のために病気そのものではなく
絶望感から死期を早めていたらどうするんだ、と苦しむコトー先生のつらさも感じます。
おそらく今回の話は、似たような病気で苦しむ彩佳の件に絡んでくるでしょうし、そのことで先生を苦しめるのかもしれません。
以降に、ストーリーの展開など重要部分が記述されています。
まだ、ぐじゅぐじゅっとしてます。
ストーリー的には前回の続きでした。
ゆかりさんは一日でも長く家族と過ごしたい、同じ時間を生きていたい、と強く願い、きつくてつらい抗がん剤治療に入ります。
コトー先生は入院ではなく在
宅治療という形をとりました。それはゆかりさんの気持ちを第一に考えてのことでしょう。
ゆかりさんは一日一日を、かけがえのない日々の積み重ねであるように大事に、そして強く生きたいと願いながらすご
していました。
ちかちゃんの食器をいとおしそうに少し悲しげに見つめる姿がとても切なかった。
(基本的にこのあたりから終わるまでずーと涙が止まらない状態)
治療の効果を見るため検査を
すると病気が劇的に改善されています。コトー先生はいかにも信じられないといった様子。
このあたりから自分は技術者としてコトー先生に思い入れをしながら見ていました。
和田さんが「先生が常識
を覆せばええじゃないか」とコトー先生を励ましていますが、技術者はもともと常識(自分ならば物理学の法則とか)を元に目の前に起こった事象を分析し次の仕事の組み立てをします。
技術者の延長である医
者は特に人の命を預かる、という立場からその傾向は強いと思います。
奇跡なんてあやふやなことを信じて運任せでいるような医者(技術者)の仕事を誰が信じるでしょう。
たった一つしかない命に対
して、簡単に何かの実験をあれこれ試すといったこともできません。
これまでの医学の蓄積の中で得られている統計的に確率の高い判断を下すことが最善、と信じているのが医者でしょう。
コトー先生
の激しい葛藤がとても苦しい。
そしてコトー先生にとっては余命宣告、ある意味で「死の宣告」をせざるを得なかったゆかりさんが奇跡的に回復します。
先生は恐らく、医者は人の命の期限を決められ
るほど偉大な存在なのか、自分(先生)は何かとんでもない思い違いをしていなかったか、と自分に問い苦しみます。
今回は見ていてほんとにとてもつらかった。
ゆかりさんが回復して、ハッピーです。
ゆかりさん自身や原さん(剛利)が言うように何の慰めでもなく先生のお蔭で回復できたんだと思います。
一方で、死の宣告のために病気そのものではなく
絶望感から死期を早めていたらどうするんだ、と苦しむコトー先生のつらさも感じます。
おそらく今回の話は、似たような病気で苦しむ彩佳の件に絡んでくるでしょうし、そのことで先生を苦しめるのかもしれません。
2006年11月28日火曜日
Dr.コトー 7話目
~Caution! ネタバレ注意~
以降に、ストーリーの展開など重要部分が記述されています。
前回、邦ちゃんのツッパリと剛利のツッパリ、そしてそれを包み込む島の人のやさしさに涙したポン吉でした。
さて、今回はサッチン・・・じゃなかったゆかりさんです。きれいなお母さんですね。
おなかに違和感があって、ゆかりさんもおめでたなのー♪なんて春江さんにからかわれてます。
検査で胃カメ
ラ飲んでます。おいらには春先の人間ドックの悪夢が脳裏を掠めます。おぇー ・・・以下自粛。(苦笑)
でもじつは大変な病気で、いったん手術するんですが(コトー先生でも)どうにもならない状態になっ
てます。
ある晩、本土で出産する予定だった春江さんが急に産気づいて診療所で出産します。
春江さんの赤ん坊を抱いて「命の重さ」を再認識するゆかりさん。
「これが、命の重さなのね」
自分が赤ん坊抱いて感じたことは、なんてかよわい存在だろう、ということでした。
それを「命の重さ」と言うのかどうか今でもちょっとわかりませんが、でも・・・
「何物にも変えられない、こ
の世でたった一つしかないもの」
と、とっても大事でそしてちょっとだけ怖い思いが混じりながら感じたことを思い出していました。
もうわずかの命(かもしれない)と知らされたゆかりさんがそのと
き感じた重み、は他にもいろんな意味があったのかもしれません。
・・・ん?そういや、おいらは姪を抱いたことがあったかナ?
そしてゆかりさんは小さい子供のチカちゃんを旦那さんの姿を見ながらコトー先生に病気と闘う決意を言います。
どんな時も生きることを考えてください、と語るコトー先生。
どぉー(涙の音)
簡単に命をあきらめる子供たちに見せたい、そして命の重さというものを改めて考えてほしいと思いました
以降に、ストーリーの展開など重要部分が記述されています。
前回、邦ちゃんのツッパリと剛利のツッパリ、そしてそれを包み込む島の人のやさしさに涙したポン吉でした。
さて、今回はサッチン・・・じゃなかったゆかりさんです。きれいなお母さんですね。
おなかに違和感があって、ゆかりさんもおめでたなのー♪なんて春江さんにからかわれてます。
検査で胃カメ
ラ飲んでます。おいらには春先の人間ドックの悪夢が脳裏を掠めます。おぇー ・・・以下自粛。(苦笑)
でもじつは大変な病気で、いったん手術するんですが(コトー先生でも)どうにもならない状態になっ
てます。
ある晩、本土で出産する予定だった春江さんが急に産気づいて診療所で出産します。
春江さんの赤ん坊を抱いて「命の重さ」を再認識するゆかりさん。
「これが、命の重さなのね」
自分が赤ん坊抱いて感じたことは、なんてかよわい存在だろう、ということでした。
それを「命の重さ」と言うのかどうか今でもちょっとわかりませんが、でも・・・
「何物にも変えられない、こ
の世でたった一つしかないもの」
と、とっても大事でそしてちょっとだけ怖い思いが混じりながら感じたことを思い出していました。
もうわずかの命(かもしれない)と知らされたゆかりさんがそのと
き感じた重み、は他にもいろんな意味があったのかもしれません。
・・・ん?そういや、おいらは姪を抱いたことがあったかナ?
そしてゆかりさんは小さい子供のチカちゃんを旦那さんの姿を見ながらコトー先生に病気と闘う決意を言います。
どんな時も生きることを考えてください、と語るコトー先生。
どぉー(涙の音)
簡単に命をあきらめる子供たちに見せたい、そして命の重さというものを改めて考えてほしいと思いました
2006年11月18日土曜日
Dr.コトー 6話目
前回、自分は涙しませんでしたが重さんが張り切ってました。
今回は前半邦ちゃんのストーリーでした。邦ちゃんもおっきくなりました。
先週、剛洋が島に帰ってきたとき、邦ちゃん生意気にタバコ吸い始めてて剛洋に勧めたりしてました。
まぁ中学生にもな
ると、周りからもう子供ではない、と自覚を促される一方で、どこか子供扱いされる中途半端な時期です。
背伸びしたい気持ちは分かります。
自分も中学生のとき、どうしても大分市で行われる天文関係のイベントに出席したくて、担任の先生に告げて一人で汽車に乗って町を出ようとしました。
当時の佐伯の中学校は今では考えられないほど規
則の厳しい、古臭い体質の学校だったので、中学生の一人旅などもってのほか、と止められました。
天文関係のイベントなので時間帯が夜だったのもいけなかったんでしょうか。
まじめな(?)ポン吉少年は先生とひざ突き合わせて話し合いをしましたが議論は平行線のまま。
結局、
「そんな規則なんぼのもんじゃい!」
と一人で汽車に乗って1時間半くらいだったか
かけて大分に行って、大きな望遠鏡で生の大迫力の木星や土星を見たり、星好きの人が世の中いっぱいいるんだ、と初めて知る機会にもなってすごくいい経験をしました(と思っています)。
お酒が良くないとかタバコが良くない、とかと話は違うかもしれません。
でも大人の決め事に反発している、と言う意味で当時の自分はおんなじことをしていたつもりです。
そう、自覚して反発し
てました。
大人の決め事ってなんて無意味なものが多いんだろう、って今でも思います。
安易な子供の味方をするつもりは一切無いんですが、かといって大人の言う事が全て正しい、と思っているわけでもありませ
ん。
先生と話した、と書きましたが、とってもいい先生で今でも尊敬しています。
この件に関しての話し合いにはどうしても納得いかなかったのでした。
話は平行線でしたけど、多分止めても彼
は行くんだろうな、と先生は思っていたんじゃないかなぁ。
そんな反発をTVの中の邦ちゃんもしています。
彼も家の仕事である農作業より、海の仕事に憧れがあるのでした。
その事を誰も(親も含めて)ちゃんと聞こうとしてくれない、という寂しさもあ
ったんじゃないかと思います。
ドラマは後半剛利さんと剛洋の話に移ります。
邦ちゃんと剛利さんの話の二つの山場でポン吉は大泣きしてました。
多分大人に反発して突っ張っている邦ちゃんと、仕事のために島を出てしまって
昔の仲間の迷惑になりたくない、と突っ張っていた剛利さんに、自分を重ねていたのかもしれません。
(島の)人の優しさ、思いやる気持ちっていいものですね。
今回は前半邦ちゃんのストーリーでした。邦ちゃんもおっきくなりました。
先週、剛洋が島に帰ってきたとき、邦ちゃん生意気にタバコ吸い始めてて剛洋に勧めたりしてました。
まぁ中学生にもな
ると、周りからもう子供ではない、と自覚を促される一方で、どこか子供扱いされる中途半端な時期です。
背伸びしたい気持ちは分かります。
自分も中学生のとき、どうしても大分市で行われる天文関係のイベントに出席したくて、担任の先生に告げて一人で汽車に乗って町を出ようとしました。
当時の佐伯の中学校は今では考えられないほど規
則の厳しい、古臭い体質の学校だったので、中学生の一人旅などもってのほか、と止められました。
天文関係のイベントなので時間帯が夜だったのもいけなかったんでしょうか。
まじめな(?)ポン吉少年は先生とひざ突き合わせて話し合いをしましたが議論は平行線のまま。
結局、
「そんな規則なんぼのもんじゃい!」
と一人で汽車に乗って1時間半くらいだったか
かけて大分に行って、大きな望遠鏡で生の大迫力の木星や土星を見たり、星好きの人が世の中いっぱいいるんだ、と初めて知る機会にもなってすごくいい経験をしました(と思っています)。
お酒が良くないとかタバコが良くない、とかと話は違うかもしれません。
でも大人の決め事に反発している、と言う意味で当時の自分はおんなじことをしていたつもりです。
そう、自覚して反発し
てました。
大人の決め事ってなんて無意味なものが多いんだろう、って今でも思います。
安易な子供の味方をするつもりは一切無いんですが、かといって大人の言う事が全て正しい、と思っているわけでもありませ
ん。
先生と話した、と書きましたが、とってもいい先生で今でも尊敬しています。
この件に関しての話し合いにはどうしても納得いかなかったのでした。
話は平行線でしたけど、多分止めても彼
は行くんだろうな、と先生は思っていたんじゃないかなぁ。
そんな反発をTVの中の邦ちゃんもしています。
彼も家の仕事である農作業より、海の仕事に憧れがあるのでした。
その事を誰も(親も含めて)ちゃんと聞こうとしてくれない、という寂しさもあ
ったんじゃないかと思います。
ドラマは後半剛利さんと剛洋の話に移ります。
邦ちゃんと剛利さんの話の二つの山場でポン吉は大泣きしてました。
多分大人に反発して突っ張っている邦ちゃんと、仕事のために島を出てしまって
昔の仲間の迷惑になりたくない、と突っ張っていた剛利さんに、自分を重ねていたのかもしれません。
(島の)人の優しさ、思いやる気持ちっていいものですね。
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