2019年1月3日木曜日

剣客商売全集 別巻 黒白の感想とか。(5)

さて、このブログはタイマーで自動でUPしています。
1月6日以前はリアルタイムではありません。
それまでは、九州から関東に小旅しています。
なので、いつも枕に書いている、熊本のお天気状況は記録できません。
また、ちょうど、日本は市場がお休み。NYや世界の市場は始まっていますが、そういった類の記録もしばしお休みでござる。

さて12月になってすぐに借りた剣客商売全集の別巻の事を載せるのも、延び延びにしていました。すこしづつ自動で挙げていきます。
例によって、礼の如く、感想と言うより筋を追いつつ、コメントをさしはさむ形式です。なので、完全にネタバレです。ご注意ください。

5つ目の章です。そろそろ折り返し。

ー野火止・平林寺。ー
岡本と八郎が刺客の襲撃を受けて8か月後の寛延4年の3月に時間は飛びます。
そうです。小兵衛と八郎が真剣勝負を約束した日がちかづいているのです。
小兵衛は立ち合い人に内山文太を選び、二人で、約束の場所に近いところに来ています。
結果だけ言えば、八郎は約束の場所に現れませんでした。
小兵衛は、四谷仲町に戻り。お貞を喜ばせます。
小兵衛が出発する時にお貞さんの性格を表す下りが出てきます。
「では行って来る」
さりげなく、お貞にいった小兵衛へ、お貞は用意の木杯を差し出し、酌をした。
「うむ」
にっこりとうなずき、盃の冷酒を飲みほした小兵衛へ、お貞は怒ったように、
「そのお盃を、お貞にも・・・・」
といった。
「お、そうか」
小兵衛が酌をしてやると、お貞は蒼ざめた顔を緊張させ、盃を干すや、
「これにて、夫婦に相成りました」
叫ぶようにいったものだ。

この短い、10行ほどのくだりだけで、普段は物静かなお貞さんの心の底に熱く、小兵衛を想う、気持ちが読み取れます。
もしかすれば、この瞬間が小兵衛と会える最後の場面、という覚悟が、侍の娘であるお貞さんにもあるのでしょう。
この戦いを乗り越えないとお貞さんと夫婦になれない、という小兵衛の覚悟も、お貞さんにも理解できているのでしょう。
お貞さんは、死んでしまうので、本編にはあまり登場しませんが、小兵衛の心、またその子供、大治郎にも、常に影を落としている影響の大きい人物です。
お貞さんに光が当たって剣客商売に登場する回数は少ないのですが、このくだりと、最後の小兵衛が戻ってきたシーンは大変印象的でした。

池波さんのすごいところだと思います。














2019年1月2日水曜日

剣客商売全集 別巻 黒白の感想とか。(4)

さて、このブログはタイマーで自動でUPしています。
1月6日以前はリアルタイムではありません。
それまでは、九州から関東に小旅しています。
なので、いつも枕に書いている、熊本のお天気状況は記録できません。
また、ちょうど、日本は市場がお休み。NYや世界の市場は始まっていますが、そういった類の記録もしばしお休みでござる。

さて12月になってすぐに借りた剣客商売全集の別巻の事を載せるのも、延び延びにしていました。すこしづつ自動で挙げていきます。
例によって、礼の如く、感想と言うより筋を追いつつ、コメントをさしはさむ形式です。なので、完全にネタバレです。ご注意ください。


黒白、4つ目の章です。

ー雷雨ー
波切八郎のお信への恋慕の気持ちが高まっていく。
一方、お信のほうは、気があるのかないのか。しかし、お信が何かを思い詰めている、八郎に問い詰められて、自分の生い立ちを話す。
父母のかたきがいるという。もちろん、八郎はお信の力になりたい。そして、結局、八郎はお信にとって親の仇である、高木勘蔵を倒す。
しかも、この剣客商売史上、稀に見るような展開で。とどめを刺したのはお信。
八郎はこの件が終わって。さらに気持ちが高まって、お信と夫婦になりたいと考える。しかし、その矢先。お信が姿を消します。
主人の忠兵衛は知ってか知らずか。ただ、お信と、八郎の関係は知っていたようです。
忠兵衛は、八郎が人をおやめたことで、奉行所の調べが及んでいることを告げて、八郎を逃がす。
このあたり微妙に忠兵衛が怪しい。八郎は誰にも見られていない核心に近いものがあったにもかかわらず、殺しの犯人は八郎として奉行所が調べていると、八郎に切迫感を感じさせるようにして、わざと雷雨の中、八郎を遠くにやるように逃がしています。八郎の身柄を引き取ったのは岡本弥助。
八郎が去った後に、なんと、お信が戻って来て、それが当たり前のように忠兵衛はふるまっています。そして、「そして、何もかもわすれてしまうのじゃ」とお信に言います。
岡本の屋敷に匿われることになった八郎。岡本弥助が只者ではなく、剣の腕前も相当ありそうで、しかも、食事の用意など、生活に必要な腕前もしっかり持っている、と言う不思議な人物。
八郎が忠兵衛のもとから逃げて10日後、岡本をねらったような襲撃が、これまた激しい雷雨の最中、この章の最後にあり、その襲撃は八郎の腕前があれば防ぐのはかんたんでした。岡本弥助はその八郎の腕前を見て驚きます。岡本弥助は、これでこの屋敷に居られなくなった、とつぶやきます。

2019年1月1日火曜日

剣客商売全集 別巻 黒白の感想とか。(3)

さて、このブログはタイマーで自動でUPしています。
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それまでは、九州から関東に小旅しています。
なので、いつも枕に書いている、熊本のお天気状況は記録できません。
また、ちょうど、日本は市場がお休み。NYや世界の市場は始まっていますが、そういった類の記録もしばしお休みでござる。
さて12月になってすぐに借りた剣客商売全集の別巻の事を載せるのも、延び延びにしていました。すこしづつ自動で挙げていきます。
例によって、礼の如く、感想と言うより筋を追いつつ、コメントをさしはさむ形式です。なので、完全にネタバレです。ご注意ください。
自動で挙げますが、多分これが上がるタイミングが元旦になると思います。
明けましておめでとうございます。万事如意

2019年猪年(Zhu nien)






黒白
500ページに渡る長編です。剣客商売はそのほとんどが100~200ページ程度の短編で構成されています。
この黒白は、全集では別巻一冊にまとめてありますが、調べてみると、単行本では上下と2冊に分かれています。

三つ目の章になります。
ー秋山小兵衛ー

ここでようやく、小兵衛が本格的に登場。
むしろ、秋山小兵衛の若い時の詳しい話が、この章で語られます。
波切が、秋山小兵衛と互角の腕前を持った剣客であり、ある御前試合で、小兵衛が勝つのですが、見ていたものも、試合の成り行きがどう展開したのかわからない、と言う感じで、小兵衛自身も買った気がしないという試合で、八郎が、小兵衛に1年後の真剣勝負を申し込み、小兵衛は迷いなくこれを受けます。

これまでも、本編で語られた、小兵衛の来歴、特に辻道場の来歴が多く語られています。
さらにこの章では、嶋岡礼蔵、内山文太、神谷新左衛門など、本編で登場してきた、小兵衛の知り合いも登場します。
辻道場の来歴は恐らく以前本編で読んだことがあったのですが、
「無外流辻道場の祖は、辻月丹といい、辻平内という剣客。近江の国の出身。ともかく風変りな人物だったらしい。無欲恬淡の奇人と評する人もいる。
どうしても門人から金品を受けとらなかった。ためいつも貧しく。その当時は道場は小石川表町にあったそうな。そのころには20名ほどしか門人がいなかったが、元禄元年1688年の春。
越前大野の藩士、杉田兄弟が高田馬場で親のかたき討ちをした際に、助太刀して首尾よく仇討ちをさせた。ことがきっかけになって、有名になって門弟が増えたらしく、やむなく平内は麹町に道場を移した」
とあります。
兵内の後継者が、この杉田兄弟の兄の、杉田庄左衛門で、辻喜摩太と名前を改めた。恩師と同様、彼は妻帯せず子がなく、高弟の三沢千代太郎を後継に定めて間もなく急死してしまったとあります。
この千代太郎が、小兵衛の師、辻平右衛門です。
小兵衛の師、辻平右衛門は大原の里に隠居することを決めた際に、道場を小兵衛に譲ることを考えていました。
先述のように平右衛門自身、先代の師、辻起摩太から同上を譲られた。と言う経緯もありました。
しかし、剣の道は即ち人の道、という辻道場の教えをしっかり受け継ぐ、小兵衛は自分が道場を受け継ぐ人格に非ず、といって辞退。

小兵衛が目を付けていたのは、嶋岡礼蔵でしたが、嶋岡は師についていき、大原の里で師匠の世話をしたい、という思いをもっていました。

この章では、小兵衛とお貞の関係、また、嶋岡礼蔵が、お貞を熱烈に慕っていたことが、師について道場をさる間際、普段は寡黙で感情を出さない嶋岡が、顔中涙に濡らしながら小兵衛にほとばしるように「お貞のことを幸せにしてくれ頼む、頼むぞ」と言った嶋岡の姿と共に小兵衛には驚きを持って知らされた事が描かれています。
実は、小兵衛は波切八郎との真剣勝負の立会いを嶋岡礼蔵に頼むつもりでありました。
立ち合いは、内山文太に依頼し、お貞への説明もたのみ、さらに、小兵衛は道場を出奔することも密かに文太に明かします。そのほうが道場が自然と消滅すると思ったのでしょう。
文太もそうですが、神谷新左エ門も、辻道場を秋山道場にするべき、と考えていたのですが、小兵衛はそのことは固く拒否します。
小兵衛は生まれの甲斐の国の兄の家に出ていきます。小兵衛が江戸を去るまでが、この章。
並行して、波切八郎とお信の関係も並行して描かれています。
お信に恋する八郎は、小兵衛と互角の凄腕の剣客と思えないほどのナイーブさです。


2018年12月31日月曜日

剣客商売全集 別巻 黒白の感想とか。(2)

さて、このブログはタイマーで自動でUPしています。
1月6日以前はリアルタイムではありません。
それまでは、九州から関東に小旅しています。
なので、いつも枕に書いている、熊本のお天気状況は記録できません。
また、ちょうど、日本は市場がお休み。NYや世界の市場は始まっていますが、そういった類の記録もしばしお休みでござる。

さて12月になってすぐに借りた剣客商売全集の別巻の事を載せるのも、延び延びにしていました。すこしづつ自動で挙げていきます。
例によって、礼の如く、感想と言うより筋を追いつつ、コメントをさしはさむ形式です。なので、完全にネタバレです。ご注意ください。

ー蝙蝠ー
八郎は三上に何度となく止められますが道場から出奔します。
その話は三上から、ほかの門人に告げられますが、三上は八郎がどこか修業の旅に出たと告げ、三上も他の門人も八郎が戻ってくることを信じ、団結して道場を守ることを誓い合います。
一方、八郎は父太兵衛から世話になっていた雑司ヶ谷にある料理茶屋の橘屋忠兵衛の離れに仮寓します。
橘屋は、紀州藩の御用宿という格式を持っていました。
八郎は忠兵衛の立ち居振る舞いから、もと侍ではないかと感じます。
父太兵衛はなにも語らず、死ぬ前に、なにか理由が言えない困ったことがあれば忠兵衛を頼るように八郎に言い残し、忠兵衛が困ったときも八郎が力になるように言い伝えます。
さて、この章で、八郎は潜伏生活に入りますが、一年後の秋山小兵衛との真剣勝負を前にしています。
そんな中、忠兵衛の紹介で、お信という女中に引き合わされます。女を知らない八郎はお信に惹かれ、八郎はお信によって女を知ることになります。
純粋な八郎はお信に夢中になってしまいます。
ある日、八郎は道場の様子が気になり、外出しますが、その途中で、浪人が女に乱暴を働いている場面でくわし、女を救うため浪人と斬りあいになり、浪人を殺します。
あっという短い間に二人の命を斬り殺した八郎は、新吾の時とは違う感情の高まりを感じます。
ここで、お信と言う女性が現れます。くどくどと、お信のことで思い悩む八郎の姿は、自分はやや共感をもってしまうのですが。
普通一般的にみると、男らしくない、と言うことになるのでしょう。
とてもやきもきします。
お信は秘密が多そうですが、また彼らを引き合わせた忠兵衛もまた謎に包まれています。
ここの章題「蝙蝠」は理由が分かりませんでした。
章の一番最後に蝙蝠が登場しますが。。。
何を暗示しているのかがまだよくわかりません。


この部分が上がるのは2018年平成最後の大晦日になりますが、皆さん、良いお年を。



2018年12月30日日曜日

剣客商売全集 別巻 黒白の感想とか。(1)

さて、このブログはタイマーで自動でUPしています。
1月6日以前はリアルタイムではありません。
それまでは、九州から関東に小旅しています。
なので、いつも枕に書いている、熊本のお天気状況は記録できません。
また、ちょうど、日本は市場がお休み。NYや世界の市場は始まっていますが、そういった類の記録もしばしお休みでござる。

さて12月になってすぐに借りた剣客商売全集の別巻の事を載せるのも、延び延びにしていました。すこしづつ自動で挙げていきます。
例によって、礼の如く、感想と言うより筋を追いつつ、コメントをさしはさむ形式です。なので、完全にネタバレです。ご注意ください。

黒白
500ページに渡る長編です。剣客商売はそのほとんどが100~200ページ程度の短編で構成されています。
この黒白は、全集では別巻一冊にまとめてありますが、調べてみると、単行本では上下と2冊に分かれています。

この本を借りて初めの一週間でほぼ中間あたりまで読み進んで、しまいました。意に反して(苦笑
場面のイメージをしっかり受け止めた状態で、サクサクと読み進めてしまうのが、池波さんの本の良さです。
恐らく、真田太平記も同じように、恐るべきスピードで読み進んだように思います。
文庫本にして真田太平記は12巻ありますが、自分が学生の頃、もしくは浪人中、一か月もしくは半月くらいで読み終えてしまったような。記憶が。
高遠城から大阪城があっという間(苦笑
でも、未だに、印象的な場面は覚えています。高遠での向井佐平次との出会いとか。おこうとのからみとか、猫田の執念とか。
んーまた読みたくなってきた。

こういう時代小説を読んでその場所にバイクで旅行するのが学生の頃の楽しみでした。
そもそもの始まりは、18の時「竜馬がゆく」を読んで、関東群馬から高知・桂浜に18きっぷで旅したのが始まりです。

さてそう考えると、「剣客商売」を読んでも、江戸に行きたいと、思わないのは不思議です。
剣客商売では江戸の様々な場所が、印象的に描かれていて、その描写は素晴らしいのですが、所詮、江戸の町の風情は、今の東京に行って味わえるものではありません。
高校生の時の住まいは神奈川・川崎だったので、東京には頻繁に行ってました。
なので、目黒、とか、神田とか、高田の馬場、内藤新宿、と言われれば、訪れたことが既に実はあるのです。
さすがに、鐘ヶ淵とか、大川(隅田川)付近を散策したことはありません。
東京の東側はてんで感覚がつかめません。墨田川を船で下ったことは、高校の遠足行事であります。
浅草、深川、この辺もそれとなく歩いたことがあります。もちろん、「剣客商売」の時代を感じさせるものは既にありませんが。
日本橋から、品川まで徒歩で歩いたら、結構大変。
とはいえ、調べてみると2時間くらいか。行けないことはないな。2里(8kくらいです)
その途中にある、泉岳寺も赤穂浪士で有名ですし、言ったこともあります。12月でもなくても線香の煙がすごいです。
芝の増上寺も東京タワーの足元。
そういえば、上野は行ったことは何度もあるけど、寛永寺は言ったことがないな。
両国付近も未踏かも。
という訳で「剣客商売」は、私にとっては旅の手引きにはならないんですね。


ー有明行灯ー
最初の章題は「有明行灯」とあります。
これはこの本のもう一人の主人公、波切八郎の父親太兵衛が作ったとあります。
八郎は、この章のはじめ、出だしから何者かに追われて必死で逃げています。
追いかけているのは死んだはずの父親太兵衛。太兵衛は刀を抜き、八郎に斬りかかろうと追いかけています。
冒頭のの出だしは

暗い。
暗いようでいて、仄あかるい。
だが、道もなければ、周囲の風景もない。
つまり、薄暗い空間の中で、波切八郎は必死に走りつづけている。

と言う始まりです。
気が付くと思いますが、これは八郎の夢です。

八郎は父太兵衛の小野派一刀流の道場を引き継いで、何人かの門弟を抱えた道場主です。
その門弟の一人、水野新吾が、夜な夜な外出をしています。
この数日前に、水野新吾に関わる悪評を八郎は耳にします。
新吾は他道場に押し入って、勝負を挑んで他道場のものを何人か死に追いやるほどひどく打ち据えています。
八郎はこの話を出げいこに赴いた先の大身旗本酒井家の家老から聞き、戒めたほうがよいと忠告を受けます。
しかし、八郎には、新吾がこのような行動をとるきっかけに思い当たる節がありました。
新吾は9歳の時父親を失い、父親同士が交誼があったため、太兵衛が引き取ったのです。
八郎と新吾は兄弟のように育ってきました。
新吾と八郎の仲はそのようなものでったのですが、ある日出げいこから帰ってきた八郎は新吾と湯殿に入り、何かの気まぐれか、当人すら当惑するような暴発が起こり、
新吾の背中を流しているうちに、八郎は新吾を後ろから抱きすくめ、唇を新吾のうなじに押し付けます。
本人にとっても、晴天の霹靂のような事件でした。
ただこの件があって以降、新吾の八郎への態度は八郎にしか分からないわずかな変化でしたが変わりました。
そして夜な夜な外出するようになったのでした。
恐らく、新吾にとっても道場のけいこに物足りなさを感じていた矢先であったこともありました。
その外出のある夜、八郎は新吾をつけます。
そして、八郎は自らの手で、新吾を斬ります。
冒頭の、刀を持って追いかけた父太兵衛の姿は、恐らく、新吾を託した太兵衛の八郎自身への無念さを八郎自身が感じて罪の意識を感じていたせいでしょう。
新吾の傲慢さが高じて、辻斬りをするようなきっかけを作った、もしくは自制の蓋を外したのが、八郎自身のあの湯殿での感情の暴発だったため、そのことは八郎自身がもっともよく知っていて罪の意識を感じていました。
それがあの悪夢につながっていたのだと思います。
すまなかったな、とか、かるくうけながせるような性格を八郎が持っていたら、あの件も新吾の気持ちに深く影響することはなかったかもしれませんが、
この章の後あとにも引き続く事件のもとになっているのは、この八郎の生真面目さ、また自分のこころを制御する術をしらないことに起因するように思います。
門弟の一人が辻斬りをしていて、さらに弟のように思って一緒に育ってきた、新吾を斬らざるを得なくなった、八郎の気持ちも痛切です。
この章中にすでに、八郎は秋山小兵衛と翌年真剣勝することになっていることがあかされています。

新吾を斬って、門弟中の高弟の一人、三上達之助と家僕の市蔵に事の次第を説明し、新吾の遺骸は3人で屋敷の庭に埋めます。
八郎は、三上、道場の後を託し、自分は出奔することを告げます。
三上はもともと、新吾が無法を犯していたので、そこまで必要ないと留めますが、先ほど書いたように、生真面目な八郎にはそのようなこと、自分自身が許せなかったでしょう。
道場では、新吾が姿を消したことについて、三上から、新吾は出奔したと他の弟子たちに告げられます。

波切八郎と言う、むしろ爽やか系の登場人物の回りで起こる、暗い影を背負った事件。
やむなく、八郎は弟といってもいい、新吾を斬ってしまいますが、そのことで、心が闇に食いつぶされて、人生を転落してしまう、と言うことはありません。
ただ、光のあたる世界には居られなくなっていきます。三上を始め道場の門弟たちが、八郎を慕って、道場を守っていこうとするのは、八郎には徳があったのでしょう。




2018年12月29日土曜日

今朝は格段に冷え込みました。熊本市でマイナス3~4℃ PFの振り返り2018年含み益28%減、総額59%減。水面下に落ちることなく、来年も地味に稼いでくれると思います。2019年はアマゾンのカスタマーレビューを頑張ってみよう

今朝は格段に冷え込みました。熊本市でマイナス3~4℃でした。
出勤日じゃなくてよかった(苦笑

日本全国冷え込んでいます。
 
 
今日は午後から関東に移動します。東京の今日の予想最高気温は9℃。熊本は6℃なので熊本より暖かいです。群馬は7℃。
 
昨日東証は大納会でした。一応2万円台をぎりぎり保った感じ、年間では2750円17銭安だったそうです。アホノミクス以降初の下げ、いまだに言うのかい。
これでアホノミクス(で株が上がったという妄言)は結局はアメリカと中国の景気に支えられてのものだと明らかになったでしょう。アホノミクスはそういった支えが無くなりそうな、不透明なこれかrくぁをどう支えていけるでしょうね。ま、あほには手も足も出なくて口ばっかりになっていくことが予想されます。今までも口ばっかりでしたが。
 
自分のPFを見直してみると、年間の動きは
2016年含み益14%増、総額1%増
2017年含み益44%増、総額183%増
2018年含み益28%減、総額59%減
よほどのことがない限り、含みがマイナスにはならないような手で進めてきています。
ドルコスト平均法の投資だったからです。4、5年前から高配当株に投資していたので、来年も地味に稼いでくれると思います。さすがに今年ほどのことはないと思いますけど。
今年の配当率は5.5%(あと1銘柄残っているので、見込み)でした。過去最高。(過去10年の平均は3.3%)
昨年4.26%でした。(税抜き)
 
また、振り返ると、今年は秋ごろに債権ポジションを大幅に高くしました、今後現金ポジションも高くする予定。耄碌ジジイが死なない限り、保守的に構えたほうがいいでしょうね。
ここ2年の相場のアゲアゲは異常です。アメリカFAANGのバブルがあったので、これがはじけるほうを気にしたほうがいいでしょう。2001年から数年の低迷期を思い出させるような相場になるかもしれません。売り方優位になるかもしれません。
一方、中国は地味に成長を続けると思います。
 
 
さて、余談。
相場の振り返り以外に、生活の上でのアウトプット、私の出費の8割以上はアマゾン。
さて、アマゾン購入の振り返りを毎年しています。
アマゾンのヘビーユーザーだと、自分では思っています。とはいえ、たかだか毎年20万前後、Amazon経由で物を入手しています。(これがマイルになると3000マイルくらいで、九州関東往復してもおつりが出ます。今回のお金を出せば8万円かかる往復航空券はマイルでゲットしています。)毎年20万使っても8万戻ってくるようなものです。
さて、今回の話はマイルではなく、アマゾンには、カスタマーレビューというものがあります。
あとは評価が☆マークでつけられています。
もちろん、評価数とか、星の数は、購入時の参考になります。
カスタマーレビューは今まであまり書いてきませんでした。
調べてみると35個のレビューをしていました。
そして、63も、参考になった、という評価を頂いていました。クリビツテンギョウ。
ランクは現時点で、29万9千723位。おおよそ、30万番目ってとこかな(苦笑

これだけ、Amazonを使っているし、おせわになっているので、
来年の目標として、カスタマーレビューを今の35から、100まで増やして、できれば500個くらいを目標にしていこうと思います。
購入点数はそんなにないのに(苦笑
参考になったの投票は目標にしません。
ただ、来年末2019年12月、もしくは2020年1月、再来年初に、おっぼ得ていたら振り返り時に、レビューの振り返りをしましょう。
2013年2月 8個
2015年6月 8個
2015年4月 6個
2015年3月 13個
と言う感じでレビューを書いています。気まぐれしかでない。(汗
せめて週に10個書けば、月40件、来春までに100件はいきそう。
来年末まで500件いきそうじゃん?
週に10個ってそんなに大変かなー?
さすがに10は結構大変じゃね?
でもまー週末の一日に1件でも書けば、月4件。そのくらいが妥当。
粗製乱造っていうのも、何だか良くないよね。
まあ、年末、群馬への移動の最中にでも、ノートパソコンを持ち歩いて書いて見ますか。
タブレットでも良いんですが、
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
昨晩NYは

2018年12月28日金曜日

昼間の散歩時は1~2℃で小雪が舞っていました。熊本の今シーズンの初雪。まったくなじみのない土地,関東に休み中小旅します。Audi S1の話。(6)足回り 車の判断で軽量であることの重要性 自分の車(Audi S1)の話が続きます。

今日は仕事納めでした。熊本は朝0℃でしたが車の窓は凍っていませんでした。
昼間の散歩時は1~2℃で小雪が舞っていました。熊本の今シーズンの初雪かな。さむ~
私は今日から、1月7日までお休みです、10連休。
親が住んでいる、まったくなじみのない土地の群馬に休み中、小旅します。帰省ではありません。明日のお昼には家を出て、午後の熊本空港発の飛行機で羽田まで行き、そこから電車を乗り継ぎ、群馬まで行ってきます。着くのは夜でしょうね。
表題にはなじみがない関東、と書きましたが、高校を挟んだ4年間は神奈川の川崎市民だったので、関東そのものにはなじみがないわけではありません。
むしろ、東京の神田駿河台なんて、高校生の夏休みにはよく夏期講習で通っていました。ついでに神田の本屋街は、非常になじみのある街です。
ふと、ついさっき思い立って、関東に行くついでに、神田、上野、御徒町付近をぶらってみようかと思いついています。
入谷には池波正太郎の記念文庫があるそうです。言ってみようかな。
でも正月は開いていないかも。調べても、年末年始と木曜休みくらいしかわからない。
となると、やっぱ1月3日までは休みかも。今回、熊本戻りが三日なので、無理っぽい。残念。



足回りについて
長々と続きましたが、一通り、3年前、S1を買って、初めてまとまってブログに書いている分は今回で最後です。、もちろん、乗っているので、これからもチョイチョイ、車の話題は書いていきます。

Audi S1の話。(6)
足回りについて。車に対する良し悪しの判断において、軽量であることの重要性について。


さて、私のS1、先日、前後タイプのドラレコを入れた話をしました。
特に他には手を入れていません。が、先日ドラレコを入れた際にショップの方とお話した際に、ダウンサスの話をして、思っていたような応答があったので、いずれ前向きに考えようと思っています。
5年目の車検後かな。
ノーマルでかなり気に入っている足回りなので、正直怖いですが。
今まで乗った車の中で、3本の指に入る絶妙な足回り。(所有、非所有レンタカー、試乗車、社有車など含め)

順位は、
1位S1、>2位がスターレット、>3位がインプレッサ、>4位PLEO+、>86BRZ=アクア>>旧カローラワゴン>シビックEK9>ミニクーパーJCW>>越えられない壁 >>>5位トヨタアルデオ。>番外ハイエース

こんな感じ。(もちろん、個人の感想です。)

私の個人的な車の評価、特に足回り基準の取り方は、

曲がり角、特にのぼりの曲がり角U字とか、下りのU字の曲がり角、でリアのタイヤが浮いてしまい、駆動力を伝えきれない、ということが、硬いサスの時、あり得ます。
昔(20年前の)のスバルの車はそれが普通でした。ホンダもその気が強かった。
または段差で、ショックの吸収の仕方、柔らかいサスペンションは段差のショックを吸収しますが、通常状態に戻るのに変な動きをするサスもなかにあります。戻りが遅いとふわふわ(ふにゃふにゃ)感を強く感じる。このあたり、バランスが難しいところです。
硬いサスで段差をつうかすると、ショックを吸収できないので、強く突き上げ感を感じます。そもそも縮み量がすくないので戻りは早くふわふわすることはありません。
足回りと言うのは車を判断する際には非常に重要です。
AudiのS1は今までに乗った車の足回りとは別格でした。常に設地感を感じ、どんな路面でも、浮き上がって駆動力が抜ける感じはなく、路面状況をハンドルを通じ伝えてくれます。

またトルクベクタリングの能力も、この車で初めて知りました。曲がり角で、曲がる方向とは反対側のタイヤに積極的に駆動力が加わる制御のことです。車の向きが曲がる方向に早めに向いてくれます。
前のタイヤに強く効くのか、後ろのタイヤにこの制御が強く効くのかは、分かりません。
同じ駆動方式、AWDのインプレッサも、相当回頭性が高く感じましたが、それよりも強く、感じることができます。インプレッサ、実はフロントヘビー。S1も若干フロントヘビーです。インプレッサほどではありません。これはカーブを曲がる際に、アンダーが出やすい。ことになる要素です。
また、後輪駆動の86は、軽自動車から乗り換えの際にレンタカーで半日借りてその走行を確認しました。それまではFRに乗ったことがなかったため。
ただ、回頭性に対する驚きはありませんでした。いくらFRでも、オーバーステアを感じるほどの領域まで、スピードを上げることは、日常運転レベルではないことが分かりました。
しかし、AudiのS1はハンドリングマシン(ここではパワーよりも、ハンドル操作で、効率よく走行できる車)、というほどの意味です。
もしくはドライバーの思った方向に速やかに車が向いてくれる車のことをいうのでしょうか。
インプレッサも相当なハンドリングマシンでしたが、車重の重さを感じることが多くの場面でありました。(とはいえ、車重が重いほうの車ではないんですが)
ひらりひらり、と走り抜ける、と言えば、スターレットやAudiS1のほうが軽快感があります。86にも、さらにはアクアにも軽快感あります。これは乗る前の予想に反して意外に軽快を感じました。


車重が軽量である、というのはどんな車の性能を表す数値が良くても、軽量であることがすべてを凌駕することがあります。
自分が車を選ぶ際の基準は軽量で、AWDで、MTで、と言う選択基準。足回りは結果で付いてくるものだったりします。でも試乗は大事ですね。
私の基準で車を選んでいくと、実はあまり車種がありません。だから、インプレッサの次に軽自動車を選ぶことになります。中途半端な車を選んでも後で後悔します。軽なら、リセールバリュー高いし、乗っている間に次の車を選ぼう、という「つなぎ」の意味合いが高かった。
実際、「つなぎ」の車には軽はお勧め。

自分が好んで、AWDに乗ろうとするのは、やはり、雨や、荒れた山道(カーブに小石が舗装路面に乗っているような)、といったどんな路面状況でも安心して車を走らせることができるのはAWDの利点。その利点を重要に思うかどうか、になります。車の動きが早い遅いはあまり関係ありません。
制限速度のある、日常走る道路で、FFとFR,AWDの差が明らかに見えるような走り方は普通の運転ではあり得ません。
いざと言う場面は往々にしてあり得ます。自分がFFの車(スターレット)に乗っていた頃、関越道の埼玉エリアで、突然の大雨でハイドロプレーニング現象に遭遇したことがあります。
こんなことは普通にあり得ますね。その時はアクセルを踏んでもスピードが上がらずタコメーターだけが上がる、ということだけで済みました。アクセルをできるだけ踏まず、タイヤが路面を捕らえるまで待つしかないんですが。
幸運なことに、ハンドルが取られる、というところまで行きませんでした。
もちろん限界はありますが。
AWDではハイドロプレーニングに遭遇しにくい。原理上。
全くない、と言い切れるものではないでしょうね。


では、ここまで読んで頂きありがとう、良いお年を。