2019年1月19日土曜日

剣客商売全集 別巻 黒白の感想とか。(12)


恐らく土曜日の朝に自動にアップロードします。
日曜日に最終章の三条大橋も自動アップロードします、
どちらもブログの内容を剣客商売にしぼります、
土曜日は晴れれのち曇りなので、恐らく洗濯物の残りを片付けたり、散歩したりしているでしょう。
ひょっとすると、剣客商売を図書館に返却しに行っているかもしれません。新たな何かの本を借りているかも?

日曜は大寒で天気予報では雨です。家でじっと読書しているかも。


2018年12月になってすぐに借りた剣客商売全集の別巻の事を載せるのも、延び延びになっていました。ついに年を越してしまいました。
といっても、もう佳境にさしかかっています。
この章がクライマックス、小兵衛と八郎が最後の勝負。
この次の章が最終章。

例によって、礼の如く、感想と言うよりほとんど筋をコピペのように書きつつ、コメントをさしはさむ形式です。
なので、完全にネタバレです。ご注意ください。


ー春雪ー


弥助は伊之吉と和泉屋の2階に居た。弥助は大和守の殺人の依頼に嫌気がさしており、無常感を感じていました。そしてこれを最後にしたいと、今度の企みが終わったら江戸を離れる決意をします。
そうでないと自分も森平七郎と同様に、堀大和守に消されてしまうと思っています。ただ、これで最後、としたい理由は消される恐怖からではありません。
ここで、岡本弥助の剣の師匠井出徳五郎や、和気あいあいとしていた井出道場や井出夫婦の人柄に癒されている姿が描かれて、孤独だった弥助は師井出とのいる時間の心の安らぎを、八郎と一緒にいる時間の心のありようを重ねます。
伊之吉は、八郎に「ここ数日は弥助から目を離すな」と頼まれて、かつて一度もなかった、弥助の後をつけ、彼の向かう先を調べ、深川の堀大和守の屋敷に入る弥助を見ます。
八郎自身も、弥助が潜んでいる和泉屋の表口が見える宿屋山城屋に籠って弥助を見張っています。
八郎は今の自分が落ち着いてきたように感じていましたが、三十一年の剣士としての生涯の目的を秋山小兵衛との対決に絞りきれたからだろうと考えています。しかし一方で、岡本弥助のことが気になってならぬのは何故か。そうしているうちに八郎の丹波行は延び延びになって、お信や市蔵はやきもきします。岡本弥助が和泉屋を出ます。ちょうど同じころ、四谷の秋山小兵衛の家に谷彦太郎が現れ明後日に雑司ヶ谷の下屋敷に来て欲しいと伝えに来ます。これは、高松小三郎の稽古のためです。前の稽古から十余日経っていました。
谷がついでに秋山道場で汗を流して稽古して戻ったころ、伊之吉も弥助の後をつけて山城屋に戻ってきました。
岡本弥助も和泉屋に戻りました。八郎も伊之吉も事態が迫っていることを感じています。岡本は堀大和守に呼ばれていよいよ明後日に襲撃が決まったことを告げられます。
弥助は、和泉屋から深川の屋敷に移るべきか伺いますが、大和守は、鈴木甚蔵を紹介し明後日に和泉屋に迎えに行かせると言います。これは襲撃は鈴木甚蔵の指揮のもと行い、弥助はそれを助勢する立場であることを明らかにしたものでした。少なくとも、弥助はそう感じて不愉快でした。これまでの殺人は弥助が一人で準備し一人で指揮をしてすべてを取り仕切っていたため。他の人物にやらせるなら、弥助を巻き込まなくてもいいではないか、と言う思いがあったのでしょう。不快の色を感じ取った大和守は日中の襲撃でねらうのは子供一人だが、その警護に3~4人いるため鈴木甚蔵が目的の子供一人を討ち果たすとしても周りの3~4人は岡本弥助ともう一人の暗殺者で立ち向かってもらうことにしたと説明します。ここで弥助は目的の人物の名前を大和守に聞きますが、大和守は名を明かしませんでした。
弥助は鈴木甚蔵の高圧的な態度が気に入りませんでした。八郎は一度大久保の家に戻ってお信に会います。この頃、八郎にとってはお信と市蔵が、守るべき家族のような存在になっていて時を開けて会わないと気がかりになるようになっていました。そういうこころもちからか、お信に会った八郎は、共に京に行こうと言ってしまいます。
八郎が山城屋に戻ったとき、まだ弥助は和泉屋にこもっていました。翌朝は雪が降り、和泉屋の前に傘を差した侍が立っています。迎えに来た鈴木甚蔵でしょうか。
そのころ、四谷の道場では谷が例によって迎えの籠に付き従って、小兵衛を迎えに来ていました。和泉屋にも2挺の籠がきて、それに岡本弥助と迎えの鈴木甚蔵が乗り出ていきます。
その籠の後ろから、八郎と伊之吉が後をつけていきます。
小兵衛が雑司ヶ谷の下屋敷に到着した頃には、雪は止んでいました。小兵衛は前と同じように、弓場に行き、小三郎に会います。
小三郎は前と同じように、襷と鉢巻を巻いて小兵衛と向かいあったとき、腰の刀を抜き、構えます。小兵衛も刀を抜き、二人の間合いが以前と違って常に一定に保たれるように小三郎も合わせた動きができるようになっています。小兵衛が踏み込んで気合の声と共に刀を振り下ろすとハチマキは二つに切断されて落ちました。しかも。今回は、小三郎は失神することなく、刀を構えたまま、構えが少し崩れましたが構えなおし、そこで小兵衛が「お見事」と声を掛けました。
「今日はこれまで」上出来だったと小三郎をほめ、「この前の折に比べて格段に見事でござった」と褒めます。
小三郎はそういった情の籠った言葉をかけてもらったことがなかったのでしょうか。「この後、小三郎をお見捨てなきように願いあげます」と小兵衛に両手をついて言います。
これには小兵衛の両眼も熱くなった。
小兵衛は、小三郎に対し、人の情というものに飢えていたのではないか、と感じます。
大名の血を引いている子供と言っても、杉浦石見守が、信頼する小兵衛にも名を明かせぬほどの複雑な事情があると小兵衛も察しています。
帰りの籠で小兵衛は谷をそばに招きよせ、高松小三郎の身分や居所を知りたいと思わぬかと誘います。私は是非知りたくなった。と小兵衛は言います。「なんとなれば私は小三郎殿が好きになってしまったからだ」
そして、小兵衛と谷は籠を戻す。
岡本たちは深い木立の中で待ち伏せています。
この日の大和守は落ち着かなかった、大和守は鈴木甚蔵からの報告を待ちかねているのであろう。この暗殺を堀大和守へ依頼してきたある大名家の重臣、と書いているので、
ここで、この大名家が小三郎の家なのかどうか分かりません。同じ家なら、世継ぎ問題に絡む、お家騒動になるでしょう。
続いて、今度の暗殺は何といっても十八万石の大名家の内紛から生じたもの、とあります。これで、世継ぎ問題に端を発した、お家騒動がきっかけで始まったようです。
成功のあかつきには堀大和守の手へわたる金額も莫大なもの、金力で立身への途へ出ようとする、大和守にとっては成功させなければならない一件でした。
たまりかねて、書院から広縁へ出た大和守は用人の近藤兵馬に酒を持ってくるように命じます。兵馬は侍女を呼び、あたりを警戒しながらささやき命令を伝えています。
このシーンは不自然ですが、後で理由がはっきりします。
小兵衛と谷彦太郎が小三郎の駕籠をつけて千駄ヶ谷あたりまで来た頃
深川の屋敷で例の侍女が蝋燭に火を灯した。灯し終え侍女が障子を閉め、広縁に座っていた兵馬が振り向いて侍女を見上げた。
侍女は兵馬にうなづく、侍女は兵馬の傍らを擦り抜け奥へ去り、酒の膳を持ってくる。
それを見て近藤兵馬が膳を受け取る。侍女が障子を開け、兵馬が膳を持って中へ入り侍女が障子を閉めて小走りに奥へ消える。
兵馬は酒の膳を大和守の前に置き、「お酌を」という。「よい、かもうな」「はい」
兵馬は広縁に出た。この対応はいつもの事であるらしく、それでも兵馬は一応、「お酌を」と問い、いつも大和守の応えは「かもうな」だった。兵馬はそのまま広縁から消える。書院中の大和守は手酌の盃を口へ運びかけている。兵馬は傘を手に表門に現れ、門番にうなづき、潜り門を開けて兵馬は外に出ていく。
この時、堀大和守は2杯目の盃を飲み干している。
大和守は3杯目の盃をのみかけて「う・・・」突如顔を顰め左手を胸に当てた。右手の盃が膳の上へ落ちた、「あっ・・・」
両手で胸を押さえた堀大和守が「近藤兵馬はおらぬか」と叫んだ。こたえる者はだれもいない。「近藤・・・、近藤・・・」と呼ばわって立ち上がりかけた。大和守の身体が前へのめった。凄まじいうなり声と共に大和守の口からおびただしい血汐が吹きこぼれてきた。
これはあきらかに毒殺であった。公儀からも人が出張って来て行方不明となった近藤兵馬と侍女の探索が行われたがそれも「かたちばかりのもの」だったようである。
後になって堀大和守直行という人物の過去を知る人々は「御公儀にとっても八代様亡き後は大和守に生きていられては困ることがあったのじゃ」「それゆえ何年も前から毒殺の事を進めていたのであろう」「では近藤某と申す家臣も?」「御公儀の手の者であろうよ」
堀大和守の一件のみならず、徳川吉宗の「尻ぬぐいはいろいろあった」そうである。
この春雪の章に入って、急に近藤兵馬と侍女が不振な動きを見せ、不審なシーンの描写がありました。あとでわかる、と書いたのは、彼が公儀の隠密で、大和守暗殺に暗躍している、ということだったんです。
近藤兵馬は岡本弥助が森平七郎の件で深川の屋敷に赴いたころから登場していますが、岡本は兵馬をきらっていました。感情のない表情に気持ち悪さを感じていたようです。まさかの公儀の隠密の一人だったとは。
兵馬が堀大和守の用人になったのも、そもそも御公儀が大和守の毒殺を狙っていたことが理由だったと書いています。
となると、森の殺害以前に大和守が毒殺されていてもおかしくはなかった。
そうなっていれば、岡本弥助も、もっと早く、まっとうな生き方に戻ることはできたのですが。
さらに言えば、八郎も、とっとと丹波田能の石黒宗仙のもとに修行のし直しをするため向かっていたはずだったのです。。。なんという運命のいたずらか。
大和守の要らぬ立身欲のせいで、要らぬ巻き添えになったのは弥助でしょうか。

時間は大和守が最初の盃を口につけたあたりに戻って、
伊之吉が木立の中から姿を見せた鈴木甚蔵をみかける。
鈴木甚蔵は木陰から半身をのぞかせあたりの様子をうかがっているようだ。堀大和守を殺害した近藤兵馬は鈴木や岡本が高松小三郎暗殺の件を知っていたか、知らなかっただろう。ゆえに、この日、某所から、大和守毒殺命令が下ったのは偶然のことであったにちがいない。
4人の侍に警固された小三郎少年の駕籠は鈴木、岡本が潜んでいる木立の前にさしかかろうとしていた。
木立にはさまれた道が右へ折れ曲がって前方を進む高松小三郎一行が秋山小兵衛の視界から消えた。
そこで、小兵衛と谷彦太郎は間を詰めて行った。
堀大和守の密命を受けた刺客たちが木陰から躍り出たのはこの時。岡本は駕籠の右側後ろについていた、清野平左衛門へ斬りつけた。
老人だし、岡本の一刀にひとたまりもなく見えたが曲者とさけび、脇差を抜き放ち、岡本の二の太刀を必死に打ち払ったではないか。
岡本はもともとこの襲撃に気が乗らなかったこともあり、清野老人をみくびっていた気味がないでもなかった。
そこへ、駕籠の左側うしろについていた警固の侍が回り込み、岡本の側面からきりつけた。
もとよりその一刀をうけるような岡本ではなく、ぱっと飛び退った岡本が掬い斬りに侍の顎を切り上げた。
小三郎の一命を狙って鈴木甚蔵が飛び出したのはこのとき。
清野老人は「推参な。」と叫びざまに脇差を鈴木になげつけた。脇差は鈴木の頬を切り裂き木陰の中に吸い込まれていった。
堀大和守ははじめのうち、岡本一人にてよいとおもうなどと言っていたが、警固の侍たちの抵抗の強さは予想外のものであった。秋山小兵衛は道を曲がりこの異変を目撃した。
「谷!」声をかけて小兵衛は走り出す。岡本に顎を斬り割られつつ前に立ちふさがった侍に、岡本が必殺の一刀を浴びせかけた。そこへ秋山小兵衛が駆け寄ったのである。
岡本がその気配にはっと振り向いた。「鋭」秋山の腰間から走り出た藤原国助の愛刀が岡本の面上を斬った。「うっ」身を引いたが及ばなかった。覆面と共にひたいから鼻すじ口にかけて小兵衛の一刀に斬り割られた岡本が血しぶきをあげてのけ反った「あっ」様子を見ていた八郎が低く叫ぶとともに腰を上げた。小兵衛は岡本の首の急所へ二の太刀を送り込んで、清野を倒そうとしている鈴木甚蔵に立ち向かった。
降りまく雪の中で八郎は岡本を斬り倒したのが小兵衛だと分からなかった。八郎は我を忘れ笠をかぶったまま刀を抜き払い駕籠の左側を守っていた侍が気づき「曲者下がれ」わめいて斬りつける一刀を八郎は打ち払った。そこへ谷彦太郎が走り寄って八郎の右側から斬りかかった。
小兵衛は清野老人へ斬りかかっている鈴木へ左手に引き抜いた差し添えの脇差を投げ撃った。小兵衛の脇差は鈴木の左胸へ突き立った。清野老人に「さ、そやつを」と声をかけてくるりと反転した秋山小兵衛は、
谷の左肩先を浅く傷つけた波切八郎へ向かった。「谷、下がっていろ」叫びざま小兵衛が身を沈め、八郎の脚を薙ぎ払った。八郎は跳躍して一刀をかわした。
「何者だ名乗れ」叱咤して秋山小兵衛が大刀を下段につけて、八郎と相対した。(あ、)
このときはじめて八郎は相手が秋山小兵衛とわかった。
小兵衛もまた(や?)いぶかしげに八郎を見守った。
二人ともまさかに、いまこのときこのような場所で出会おうとはおもいおよばぬことであったが。
(あ、波切八郎殿ではないのか)(まさに波切どのだ。)わかると同じに「去れ!」大声を発した。
「立ち去れ」なたしても小兵衛が八郎へいった。
(もはやこれまでだ)すぐに八郎は決意した。

この章でのポイントは、小兵衛が八郎と切り結ぶことになった最初に、小兵衛が八郎を八郎と認識して、すぐ、間髪入れずに発した声が「去れ」と大声を出したことでしょう。
これは普通ではありえないことです。小三郎を狙う刺客の仲間と思った男がほかの男であれば「去れ」と、あたかも逃がすような言葉は言わないでしょう。
次の段で、このシーンを邂逅する場面があります。そこで、小兵衛の頭に市蔵が出てきたため、「去れ」と出てきたとあります。つまり、八郎を見て、八郎が戻るべき、八郎を待っている人間の元に戻れ、という意味の「去れ」だったことがわかります。
それが、このとっさの場面で声に出せるところが小兵衛の凄いところでしょう。
そしてもう一つのポイントが、そのあと、八郎は(もはやこれまでだ)すぐに決意した。
何が「これまで」なのか。八郎はここまで、小兵衛との次の真剣勝負を望んでいましたが、あくまで、小兵衛に前の約束を破ったことに対して説明をして、誤解を解いたうえで小兵衛との勝負に臨診たいという気持ちがありました。
第三者から見ると、なんと甘ちゃんな考え方か、と思わざるを得ません。
この期に及んでなんの弁解をするというのでしょうか。こういった、まだ子供、純な人を信じ切っている、子供のような心をもって、成熟しきれない八郎の姿があります。
途中、八郎は自分で落ち着いてきた、すべてを小兵衛との勝負にかける決意ができて割り切れたからだ。と、自己分析する場面がありますが、てんでそんなことはりません。
この期に及んで(もはやこれまでだ)と未練がましい気持ちを最後までもっていたのか、という切ない思いがします。

八郎が決意した。
秋山小兵衛との対決に備え、丹波の田能の石黒素仙のもとへ向かうつもりでいた波切八郎なのである。いずれにせよ小兵衛と相対するときは
秋山殿の誤見を解くことはできまい。その覚悟はすでについている。ただ一剣士として生涯を小兵衛との真剣勝負に賭けるのみ。
八郎にとってその期(とき)が早いか遅いかのちがいにすぎない。「むう」低く唸って波切八郎が間合いを詰め小兵衛がじりじりと退る。
八郎が猛然と小兵衛へ大刀をうちこんだのはこのとき。 伊之吉の昂奮しきった目には二人の剣士のうごきがさだかにつかめなかったようだ。二つの躰がいれかわりさらにうごいて八郎のがっしりした背中に小兵衛の姿が見えなくなったとおもったら八郎の躰がぐらりと揺れた。
「ああ・・・」おもわず声を上げた伊之吉は腰を浮かした信じられなかった。
八郎の右腕が大刀をつかみしめたまま血を振りまきつつ体から離れて雪の道へ転がるのを見たからである。
小兵衛が八郎に「去れ」と言ったのは老僕市蔵のことがあったからであろう。そうとしかおもえぬ。だが、八郎は剣を引かなかった。長い長い対峙の間に小兵衛の気迫は充実し八郎の剣には一種の焦りが浮いてきた何故か、それはわからぬ。
わからぬが八郎が思い切って小兵衛に打ち込み、これをかわした小兵衛の眼は一瞬次の攻撃に移ろうと右へ回った八郎の右腕のスキをとらえた。そこが(おかしい)のである。
本多邸における木太刀の立ち合いで小兵衛は八郎の左腕を打ち据えている。しかし八郎ほどの剣士が真剣の勝負において右腕にスキを生じるわけがない。わざとスキを見せたのでもあるまい。
わざと小兵衛の一刀を右腕に受けるつもりだったとは断じて言えぬ。つまりはそこに八郎の破綻が生じたと看るよりほかはない。
すべてはここ数年間における八郎と小兵衛のそれぞれの生目(いきめ)がその一瞬に凝結して勝敗を決したことになる。
伊之吉が激痛に唸る八郎を背負って木立の中へ飛び込んで行ったのである。もとより小兵衛は伊之吉が何者かは知らぬが、(これで何もかも終わった)と言ってよい。
これで春雪の章が終わり、次の最終章三条大橋に変わります。

ついに一巻通して800ページも費やして待ちに待った二人の対決の結果が描かれてしまいました。何かの舞台の一シーンを見るかのような流れるような息もつかせぬシーンの連続でしたが、
重要な中心事物二人の心の動きも同時に描きつつ、二人やそのほかの登場人物の動きも余さず描いていて、どこにも破綻するところがありません。
ただ、最後の段で書いているように、二人の生目が勝敗を決した、そこには八郎の心の未熟さだけが印象深く、その差が勝負に出てしまったのではないかと思います。
二人が最初に本多邸で木太刀で立ち合い勝負をした際も、小兵衛が八郎の左腕を打ち据えて勝負が決まります。
真剣勝負の今回は右腕。その木太刀での勝負から3~4年、二人には様々なことがあったでしょうが、八郎は心の成長をしないまま、むしろ足踏みしたまま時間だけ過ぎていった、ともいえるように思います。
それぞれの生目とはそういうことではないでしょうか。





2019年1月18日金曜日

今週が日の出が最も遅い時間来週から一日1分くらいづつ日の出が早くなってきます。剣客商売全集 別巻 黒白の感想とか。(11)

今朝は5時少し前の地震で目が覚めました震度3くらいに感じましたが、気象庁のサイトには震度2とありました。まじかよ。
朝から晴天マイナス2度で車の窓も凍っていました。洗濯物を干して出勤しました。
一日中雲のほとんどないすっきり晴天でした。空気は冷たいかんじでした。
寒のじきである、今週が日の出が最も遅い時間で、7:20 漢の時期の折り返しの大寒が明後日日曜日です。来週から一日1分くらいづつ日の出が早くなってきます。
5時頃、真っ暗な中、出勤するのですが、これからすこしづつ出勤時は明るくなってくるんですね。


2019年1月の熊本の日の出入り時間の表です↓



2018年12月になってすぐに借りた剣客商売全集の別巻の事を載せるのも、延び延びになっていました。ついに年を越してしまいました。
といっても、もうすでに過半。佳境にさしかかっています。本の方も年が改まり、宝暦3年(1753年の正月)です。
例によって、礼の如く、感想と言うより筋を追いつつ、コメントをさしはさむ形式です。なので、完全にネタバレです。ご注意ください。
今回を終えると、次の次が最終章。


ー霰ー これは(あられ)です。

年が明けて岡本弥助が堀大和守と密談、内容は次の殺害の相手はこどもという。ただ、誰の子供か、詳しいことは明らかになっていない。密談後、和泉屋に戻ってくると、伊之吉が八郎の行方を、掴んでいた。鞘師久保田宗七を見張っているとお信が現れ、そのお信を付けると大久保の家にたどり着いたのでした。
大久保の家に八郎がいるかどうか、確かなところは分かっていませんが、伊之吉は、八郎を追ううちに、自分を付けている存在に気が付きます。これは助五郎の手下でした。小兵衛は辻道場の時代から懇意にしている、杉浦石見守の筋から頼み事を受けます。内容は十三歳のある少年に剣術の手ほどきをしてほしい、というものです。名前も、誰の子供かが、明らかではないのですが、小兵衛はそこに複雑な事情が潜んでいることを察します。石見守は「ゆえあってしかと申せぬが実はある大名の血を引く少年だという」小兵衛はこれを引き受けます。
石見守の狙いは、小兵衛の剣を通じて少年の心身が強くたくましくなることです。
同じ旗本でも、杉浦石見守と堀大和守の、同じくらいの力量を持った剣客の小兵衛と八郎への影響の及ぼし方の違い、対比の仕方はどうでしょうか。
片や、凄腕の剣客を、人殺しの道具として使いこなせず、片や、凄腕の剣客の人柄をもって、一人の少年の心身を強く成長させ生かすことを考えています。
大久保の家の裏で、八郎は弥助に会い、弥助が持ってきた後金、五十両をうけとります。
岡本弥助の姿を見ただけで八郎は弥助がまた何かの企みに加担しそうなことを察します。
弥助は最後の願いとして、八郎と一杯飲みかわしたいと申し出ます。八郎はこれを承諾します。
表番衆町の自証院の門前の料理屋で二人は飲みかわします。八郎も、死を覚悟している弥助は今生の分かれの盃と考えています。二人は二人の縁の不思議さをおもいつつ飲みかわします。
八郎は伊之吉に、弥助に内緒で明日この店に来いと呼び出します。
ついに、弥助たちの襲撃の日、小兵衛は雑司ヶ谷にある、杉浦石見守の下屋敷に赴きます。四谷の道場に迎えに来た谷彦太郎は、石見守の家来で小兵衛の門人でした。
出かける前、内山文太にどこに行くのかと問われても、小兵衛は石見守様へ稽古をするといって、詳しい話をしません。
谷彦太郎が言うには石見守が御小姓組御番頭の役をもらったとのこと。
小兵衛が雑司ヶ谷の下屋敷内の弓場の建物に入ると、少年が待っており、「高松小三郎」と名乗ります。(高松と言う名の大名はいません、高松藩(今の香川、当時讃岐国)はありますが大名は松平家。恐らく偽名でしょう)
大和守が弥助に語った次の殺害の標的が子供だと言って以降出てきた子供はこの高松小三郎だけです。となると、大和守の標的はこの高松小三郎ということになりそうです。
小兵衛が小三郎と二人気にしてほしいと、石見守たちに言い。石見守はこれを承知する。小兵衛と小三郎は向き合い、小兵衛は小三郎に肩を抜いて構えろと命じ、小三郎は思い鉄の棒である刀を構えたまま半刻(1時間)小兵衛が小三郎との間合いを詰めながら刀を抜き、気合と共に振り下ろす。と小三郎の頭に巻かれたハチマキが二つに切断されて落ちる。もちろん、小三郎の額には傷はない。が、小三郎は失神し、ぐったりして倒れたところを小兵衛に抱き受け止められて、介抱される。この日の修練はこれで終える。小兵衛も小三郎にこの日、何を教えたら良いか小三郎を見るまで決まっていなかった。小三郎の姿と、その立ち振る舞いを見て、用意していた木太刀を使うことなく、あのようなことになった。それは小兵衛にも分からないことでした。ただ、失神から戻った小三郎の充実したよう何かを得たような表情から、これは小三郎と小兵衛の気が合ったと感じ、歩みながら、小兵衛は「気に入った」と呟きます。



2019年1月17日木曜日

今朝は今シーズンで一番に近い寒さ、でした。インフルエンザ増えています。剣客商売全集 別巻 黒白の感想とか。(10)

今日は一転、寒い朝で窓が凍っていました。車の外気温計もマイナス2度からマイナス3度と、今シーズンで一番に近い寒さ。昼間も、散歩していて寒かったです。風や空気の冷たさが凍みる感じでした。天気は良かったですが昨日と比べると、そこそこ雲が多くありました。
明日は一日晴天らしいので、洗濯物を干して出勤しよう。日曜が雨らしいです。

今日、鹿児島の口永良部島の火山が比較的規模の大きな噴火をしました。
インフルエンザが結構流行っているようです。東京で注意を超えて、警戒レベルに急増しているだとか。寒さが厳しくなっている折、気を付けましょう。


2018年12月になってすぐに借りた剣客商売全集の別巻の事を載せるのも、延び延びになっていました。ついに年を越してしまいました。
といっても、もうすでに過半。佳境にさしかかっています。お話の方もくしくも、? 宝暦2年(1752年)の年末です。
今回は2章行ってしまいます。週末までに終わらせるとするとギリギリになりそうなので(苦笑)

例によって、礼の如く、感想と言うより筋を追いつつ、コメントをさしはさむ形式です。なので、完全にネタバレです。ご注意ください。


ー旋風ー


いよいよ、森平七郎襲撃の日、八郎も、伊之吉と共に、森を襲撃する岡本弥助を見守るべく、弥助の近くにひそみます。
弥助と、他の剣客二人の3人は、森平七郎の屋敷に忍び込みます。早川太平が障子越しに伸びてきた手槍の太ももを突き刺します。相手は弥助の襲撃に気が付いていたのでした。
弥助たちと、森平七郎とその配下が屋敷内で芋をあるような争闘が始まります。弥助は森と撃ち合い、力量の差があって圧倒され、森の刀がおおきく振り上げられて弥、倒れこんだ弥助の頭の上に迫ったとき、いつのまにか森の背後に回った八郎が後ろから森平七郎に組み付き、投げ飛ばし、八郎は短刀を構えて、森平七郎にのしかかってそのまま森の胸に押し当てて刺し殺します。
弥助と八郎たちはその場から逃げ出します。しかし、八郎の太ももからの出血がひどく、こときれそうになったとき、小兵衛にでくわします。小兵衛が誰何したとき、早川太平をはこんでいた古沢伝蔵がたまりかねて、小兵衛に切りかかって、その一瞬に古沢の左足は切断されていました。その場にいた誰にも何が起こったのかわからないくらいの早業を、八郎も目撃します。小兵衛は立ち去る他の二人の武士と町人風の男をみて武士のほうの風体に見覚えがあると感じます。
小兵衛が四谷仲町の道場に戻って市蔵に会うと、小兵衛は先ほどの武士が八郎ではないかと感じられていたために不自然な態度が出てしまったのでしょう、市蔵もそのことを鋭く感じ取って、もしや小兵衛が八郎に会った、もしくは見かけたのではないか、といぶかしみます。小兵衛はでくわした3人連れや左足を斬った男のことが気になって事件が起きた場所に行ってみると、森と言う学者が襲われて斬られたという。


ー除夜ー


翌日、市蔵はお信に会えるのかどうか気になって伊勢虎に行ってみます。小兵衛江は出かけて行った市蔵のそぶりが気になります。
市蔵は伊勢虎でお信に会えますが、まさかの八郎もそこに居て、会うことができます。八郎は市蔵を引き取ると言ってくれます。そして今すぐに、と言います。市蔵も小兵衛に世話になっているので、無断で八郎に引き取られることに罪悪感を感じます。八郎はあとで手紙で知らせればよいと言います。市蔵を付けて伊勢虎を見張っていた、小兵衛は、伊勢虎を出てくる市蔵と大柄の女を見かけます。そしてその後にでてきた八郎を見かけ後を付けます。
結局、市蔵は秋山家に戻ってきませんでした。そこで小兵衛は伝馬町のなじみの御用聞きの助五郎にこの件を全て話し、波切八郎の身辺を探ってもらうように頼み込みます。しかし、森平七郎殺害事件は、お上から手をかけてはならない、討ち捨てておくようにというお達しがあり、闇に葬られることになっていました。小兵衛は八郎の身を案じ、できることなら手を貸してやりたいとお持っていました。さらに市蔵のことを案じて、助五郎の助けを必要としていました。
小兵衛のこの思いは、かつて立ち会った際に感じた八郎の件の相当な腕も貴重なものだと思う故ですが、立ち会っただけで通じ合うものがあり、八郎の人柄がわかったような気がしていた事から発しています。そうとうな領域に達した剣の達人でなければ、そういった思いというか、感覚の共有は出来ないのでしょう。(ほとんど、とあるロボットアニメの「ニュータイプ」のような感じですが)
助五郎は、後の弥七親分の父親です。この事件の3年前、辻道場でおきた盗難事件がきっかけで小兵衛と助五郎の交誼が始まり、助五郎も、小兵衛の人柄に親しみを感じており、小兵衛に御用聞きの闇の部分(時には泥水を飲むようなこともある)を踏まえて息子の弥七に御用聞きを仕込みたいと言います。その息子の弥七に剣術を教えてやって欲しいと小兵衛に頼んだことがある助五郎はお互いの信頼は厚いものがあります。
丁度このくだりに、助五郎の考え方として紹介されているのが、
”秋山小兵衛から聞かされた波切八郎一件の話は助五郎の興味をひいた。そうした、一つ一つの埋もれた事件を探ることにより少しでも人々が幸せを得ることができるならそれに越したことはないわけだしそうした小さな積み重ねによって、世の中がうまくととのってゆくのだ。”それが助五郎の信念でもあった。助五郎の信念とありますが、この「少しでも人々が幸せを得ることができる、小さな積み重ねによって世の中がととのっていく」は池波作品を通して通じる、池波さんの信念のように思えます。
「少しでも人々が幸せを得ることができる、小さな積み重ねによって世の中がととのっていく」
伊之吉は、森平七郎の件で八郎にお金を渡すために、笠屋を訪れて八郎に五十両を渡す。後金の五十両は十日ほど待って欲しい、というが八郎は無用という。お金が目的で弥助を救い、手伝ったのではないという。伊之吉が岡本にこの報告したとき、古沢も亡くなったことを知る。伊之吉が次に笠屋を見張っていると、八郎の姿が消え引き払ったことを知る。ただ、助五郎は八郎の行方を突き止めていた。八郎は大久保の竹やぶに囲まれた小さい家に潜んでいた。そこにはお信と市蔵もいた。
市蔵は手紙を書いて、小兵衛に伝えていた。堀大和守の屋敷でまた大和守と岡本弥助の密談が始まっていた。大和守は又何か企み事を画策しているようです。
堀大和守の意図、というか狙い、野望は八代将軍吉宗亡きあと、吉宗の隠密である自分の居場所がなくなりつつある現状に危機感を感じ、何事かの事件を起こして、再び天下に自分の名や、位置を誇示したい、と考えていました。
ある日、(宝暦2年(1752年)の大晦日に八郎は市蔵とお信を呼んで、半年ほど江戸を留守にして、丹波田能の師匠、石黒素仙の許で修行のし直しをしたいと言い出します。
もともと、この計画は、八郎が水野新吾を斬って、道場を出て以降から考えていたことです。大変遠回りして、結局、はじめの位置に戻ってきたわけですが。
しかし、八郎には、お信と市蔵に言えなかったある隠し事があるようです。これは、このとき、文字になっていませんでしたが、後に明らかになりますが、修行のし直しの後で、小兵衛との真剣での試合を臨んでいました。これも、水野新吾の件が起きたときも、そのつもりで、師匠のもとで再修業するつもりでした。



2019年1月16日水曜日

稀勢の里が引退発表。相撲って、なんだか、外野が、いちちうるさい、それで衰退しそうな感じ。植物に水をあげすぎると、根が腐る、あれと一緒な感じ。イギリスでは、重要な議会の決議。剣客商売全集 別巻 黒白の感想とか。(9)

朝早く、時間の問題だと思っていた、稀勢の里が引退発表しました。
開き直っても良かったと思うんですけど、相撲って、なんだか、外野が、格式ガー、日本人ガー、国技ガーっていちちうるさい。やっている中の人にとって、とってもめんどくさい、居心地の悪いところになっていると思います。可哀そうに。
相撲って、もっと楽しめばいいんじゃないの?
評論家とか、もうわかったから、いちいちどうでもいいよ。好きなら自分で出版して、そこで能書きを垂れていればいいんじゃ?新聞とかワイドショーとかね。んッとにクダラナイ。

一方、イギリスでは、重要な議会の決議がありました。EU離脱に関する協定案に関する議決で、メイ首相が議会に提案した協定案は多くの反対にあい否決。大敗したそうな。いわゆる合意なき離脱へ向かうのかもしれませんが、意外に、相場は反応しませんでした。もう、織り込み済み?
これはイギリス国内の残留派、離脱派、双方歓迎するという皮肉な様相を見せています。
イギリス、って、けっこう歴史的に無責任なところがあります。大きくは、イスラエルの建国。
イギリス国民の多くが恐らく、このような近視眼的な見地の持ち主です。過去の大英帝国、を引きずって、空虚なプライドばかり高くなって、日本人の多くも、なんだか過大評価する向きが多いように思われます。イギリスは過去の歴史を振り返ってみても、こういった無責任国民の集団なので、こんかいの結果はある程度予想通り。でも、このツケはきっとイギリス自身にもどってくると思います。アメリカは今、政府の予算が決まらず政府機関で働く人の無給期間が20日を超えています。
今は無給でも、先々予算が降りれば、その際に、今の無給分は支払われる仕組みになっているそうです。なので、決して、完全にボランティア状態ではありません。
でもま、いっそボランティアで運営したほうがよくね?


2018年12月になってすぐに借りた剣客商売全集の別巻の事を載せるのも、延び延びになっていました。ついに年を越してしまいました。
といっても、もうすでに過半。佳境にさしかかっています。週末までに終わりそうかな?
例によって、礼の如く、感想と言うより筋を追いつつ、コメントをさしはさむ形式です。なので、完全にネタバレです。ご注意ください。

ー浮寝鳥ー

深川の屋敷の主は、次の計画について岡本弥助と語る。殺害の対象の森について、森を働かせた、一方、京の一件に使われなかっただけでも良しとせねば、と言っているので、森も主が飼っている暗殺者集団のうちの一人と推測できます。森を主に引き合わせたのは弥助らしい。
小兵衛は市蔵が波切道場から持ってきた八郎の父親の形見の(もちろん、小兵衛は知る由もないのですが)手作りの有明行灯が、ある日別なものにかわっている事に気が付く。さらに、市蔵の態度の変化もあって、合わせて何かあったと感じとる。市蔵がもとの波切道場から持ってきた大事な行灯を持ち主の八郎に渡したのではないかと推測します。
小兵衛の観察眼の鋭さと、洞察力の深さに驚かされます。ちょっとした事実の違いを結び付けて、その背後にあることを見通す能力は剣客としてだけではない、小兵衛の人間としての深みを感じさせます。
偶然を装って、岡本弥助は八郎に会います。そこで、弥助は例の件(森殺害)を持ち出そうとしますが、
ここで、
八郎の脳裏に、ある情景が浮かびます。
それは父と、父の許に訪れたある客人の給仕を八郎がしていた時のこと、その客人のことば、客は嶋元宋泉という、幕府の元御番医師、八郎の父が親しい剣客のことに触れて、「それが宗泉先生、急に別人のごとく人柄が変ってしまいまして」
宗泉は「それはその折の、ひとびとそれぞれに違う星の累及によるもの、」つまり、中国の干支、九星学などによれば、「天地のみちとひとそれぞれの生年月日による星との関係は年ごとに変わるのだそうです。」
その影響を受ける人もあり、それが表に現れぬように見える人もあるが、だれしもが影響を受けている。八郎はこの3年間の自分を顧みて、水野新吾を成敗した自分はまるで自分が自分でないような思いがしたことを想起していました。
このくだりは、最終的には、こんかいのこの本の題名の「黒白」にかかわる、重大な一節になるように思えます。

八郎は岡本弥助が来て自分をXXの道に引き戻そうとしていることを察しこれを断り、かわします。弥助は堀大和守の名前を出します。弥助の思い詰めた態度から今度の相手がただものではないと感じ、剣客の血が騒ぎますが、八郎にとっての新生の道を見失うことになると、弥助の願いを振り払います。この時点で、八郎は、お信や市蔵に誠実に向き合い、これまでの、人に語れない人殺しの道から足を洗うつもりでいたように思えます。まさに、自分が自分でない時期からの脱皮を図っていたのでしょう。
八郎はお信に、弥助が口走った堀大和守について聞いて見ます。お信は以前、橘屋に堀大和守自身が訪れたことがあったことを思い出します。堀大和守が八代吉宗が紀州から連れてきた家来であることを忠兵衛から聞いていました。
八代将軍、吉宗と関係の深い、じきじきの家臣であったということです。八郎はある道すがら、町人が武士にいじめられていたぶられているところに出くわします。これをとがめて町人を救おうとします。
恐らく、これが八郎の本質なのですが、ただ、この人はやはり星の巡りが悪い。町人を救うはずが、この武士を斬ってしまいます。人殺しの生活を振り払って新生の道に向けて歩きだそうとした矢先だったのですが。
人を斬ったあとの感触、高揚感が、再び、小兵衛との真剣での立会いに未練が沸いてくる八郎でした。そこへ弥助の手下の伊之吉が笠屋に八郎を訪ねてきます。非常にタイミングが悪いです。まるで、伊之吉が八郎が町人を救ったのを見ていたかのよう。
伊之吉曰く、弥助を助けて欲しい、弥助が危ないと言います。弥助が、森平七郎を死を覚悟して斬りに行くと言います。
岡本弥助は郊外の料亭で、森殺しを深川の主、堀大和守から頼まれたほかの二人の剣客、早川太平と古沢伝蔵と襲撃の打ち合わせをしています。一方お信は伯父、久保田宗七に堀大和守のことを聞いて八代将軍吉宗がいくつも隠密集団を抱えていて、その一手の頭が堀大和守だったらしいことを知ります。あるとき、大和守が橘屋忠兵衛のもとにおしのびで訪れたとき、ちょうどそのころは真田藩は前述の騒動の最中で、大和守が家老原八郎五郎の始末を忠兵衛に持ちかけたこともあったと聞いてお信は驚きます。お信の元夫は原八郎五郎を殺害しようとして返り討ちに会って死去しています。

「浮寝鳥」という章名の由来は最後まで分かりませんでした。以前の剣客商売にも、「浮寝鳥」の題名は使われたことがあったと思います。
「浮寝鳥」とは水面に浮かんだまま首を後方に曲げ、折りたたんだ翼の間にくちばしを 埋めて眠っている水鳥のことです。

章題の「浮寝鳥」はこの章の場面の季節冬を表す季語なので、場面の季節のみを表しているだけかもしれません。


2019年1月15日火曜日

今朝も冬とは思えぬ暖かさ。日中は曇ってました。稀勢の里、引退カウントダウンか、頑張るか。剣客商売全集 別巻 黒白の感想とか。(8)


さて、今朝も暖かい朝でした。5~6℃だったと思います。車の外気温計が5.5℃でした。
朝は曇っていました。
日中も雲が多く、一日中曇りのお天気でした。昼間の散歩も風邪が少し吹くと冷たいくらいで凍えるほどの寒さではありませんでした。でも同じ気温でも日が差すのとそうでないのではずいぶん感じ方が変わってきます。
今日の夕方、大相撲では稀勢の里が負けて初日から3連敗。こうなると今日明日、いつ、引退した、とニュース速報が出てもおかしくありません。こうなったら開き直って頑張って欲しいですけど。


2018年12月になってすぐに借りた剣客商売全集の別巻の事を載せるのも、延び延びになっていました。ついに年を越してしまいました。
といっても、もうすでに過半。佳境にさしかかっています。
今回の章は一気にこれまで伏線だらけだったところに光が当たって、ネタばれします。
例によって、礼の如く、感想と言うより筋を追いつつ、コメントをさしはさむ形式です。なので、完全にネタバレです。ご注意ください。


ー秘密ー

この章ではお信の身の上や橘屋忠兵衛などの秘密が一気に明かされます。
お信は鞘師久保田宗七と伯父、姪の関係ですが、お信の父は松代十万石の真田家に仕えていた平野彦右衛門、母みよの兄が久保田宗七です。宗七も若いころは真田家に仕えていたという。真田家の内情の説明があります。
この時代、どこの大名家も幕府からの普請要請など、飢饉なども重なって、台所は火の車になっているところが多く真田家も同様で、真田家の当主、信弘、その養父幸道のころから真田家は借金がかさみ、殿様から涙ぐましい倹約に励んでいます。
幕府は八代吉宗の享保の時代、信弘が67で亡くなった時、彼には正夫人との間に4男1女がおり、3男は病死しており、3男の信安が後を継いだ。倹約に励む殿様だったので誰も側妾がいるとは思っていなかったが信弘には正夫人との間に生まれた子供以外の子が二人もいた。1人は江戸で商家の主になっているという。もう一人も江戸で商人をしているという。それが雑司ヶ谷の橘屋であることを告げる。つまり、忠兵衛の養子、豊太郎だった。忠兵衛も養子で、若い頃真田家に仕えていた武士だった。橘屋は紀州本陣御用宿という格式をもち、真田、九鬼の大名家と昵懇だと、八郎も聞いていた。そこで、八郎は、紀州家と橘屋、徳川吉宗、幕府とのつながりと、岡本について京都の公卿の殺害に思い当り、あの時、岡本は天下のためと言った。八郎がお信に高木勘蔵の事について聞くと、高木勘蔵は真田家の秘密について知りすぎた、という。真田家の家中は信弘の後を継いだ信安の出来が悪いせいで内紛が相次いでいた。真田家の内紛は江戸屋敷で奉公していたお信は見てきていた。お信は中山伝四郎という藩士のもとに嫁ぐが、やがて、中山も父や父の弟は真田家の騒動に巻き込まれて亡くなる。お信の父は藩の勘定役の下っ端だったが、ある夜自害する。お信の父は百何十両もの大金が使途不明になってきえた責任を取らされ苦に病み自殺したらしい。平野家は断絶となりお信の弟は中山家に引き取られるが、半年後に病死してしまう。お信の不幸は続き、夫の中山伝四郎が殺害される。高木勘蔵は藩内で汚職を重ねている家老原八郎五郎を警護していた、中山はその原を襲うなかで高木に殺された。そのうち原一派の秘密をしって、原から大金を強請りとるようになったらしい。真田家にとっても重大事となり、橘屋に説き伏せられお信は決心を固めて、八郎に近づいた。
お信が八郎に秘密を打ち明けて1年がたち、八郎は傘屋ではなく、久保田宗七の家の2階でお信と合うようになっていた。しかし、まだ完全にお信へのわだかまりが消えたわけではなかった。笠屋で岡本弥助の手下伊之吉は八郎を見つける。このことを伊之吉は弥助に知らせ、弥助は深川の屋敷の主に伝える。主は、「波切なら打ってつけといえよう」とつぶやく。
主は弥助に困ったことが起きたという、「森平七郎にあの世に行ってもらわねばならぬ」
森が主の秘密を知り五百両強請ってきたらしい。

2019年1月14日月曜日

今日も冬とは思えぬ暖かさ。剣客商売全集 別巻 黒白の感想とか。(7)

3連休最後の今日もそれほど寒くない朝でした、昨晩のうちに雲が晴れて、そのまま明けたようです。その割に放射冷却の影響はなくて冷え込まない朝でした。
3~4℃くらいでしたでしょうか。寒のうちとは思えませんねえ。

久しぶりに、朝からすっきり晴天でした。年明けの元旦の頃の熊本の空模様はよくわかりませんが、今朝は自分が熊本に戻って以来の朝からすっきり晴天じゃないでしょうかね。それまでは関東でずっと朝からすっきり晴天が続いていましたので。
そして昼、お昼ご飯を食べるため、行きつけの堀川に近い食堂に行きましたが、冬とは思えないあたたかさでした。風からして、ややホンワカ暖かい感じ。
こんな日は八景水谷公園に行けばカワセミが見られるかもしれないな、と思いつつ、行きませんでしたが。
今日のお昼ご飯は野菜炒め。


道を行きすがら、通り過ぎていく車の中には、晴れ着姿の新成人をちらほら、見ました。
昨日、今日が成人式の人もいるのでしょうね。

天気予報を見ると、熊本は明日は午後から雨の予報になっていますが、恐らくそれほどの大雨にはなりそうもありません。


2018年12月になってすぐに借りた剣客商売全集の別巻の事を載せるのも、延び延びになっていました。ついに年を越してしまいました。
といっても、もうすでに過半。佳境にさしかかっています。
感想を上げるのは滞っていますが、実際の読書はすでに全部読み終えてしまっており、ちょっと寂しい感じがあります。今週末に返却予定です。それまでに感想は終える予定です。

例によって、礼の如く、感想と言うより筋を追いつつ、コメントをさしはさむ形式です。なので、完全にネタバレです。ご注意ください。


ー桐屋の黒飴ー

市蔵は小兵衛の使いで下谷の三ノ輪に行きます。
市蔵は秋山家に引き取られ。三上が突然の発作で亡くなった後、道場は明応院に返されます。
明応院の和尚は、しばらくは道場を取り壊すことなく、そのままにしてくれると市蔵に言ってくれます。
三上家は娘に養子をとって、相続が許されます。市蔵はこうなると、八郎による道場復興をあきらめざるを得なくなります。
市蔵は秋山家にひきとられた際に、小兵衛にそのまま放っておくと死んでしまうと心配されます。
その心配はまんざらではなく、引き取って間もなく、心労から二か月、市蔵は寝込んでしまう。
もともと、秋山家にいた老僕、八助は、辻道場を引き払ってすぐ、秋山家で脳溢血で倒れたままこの世の人ではなくなっています。
三ノ輪に赴いた市蔵は、小兵衛の使いで三ノ輪にある、大関信濃守の下屋敷の留守居をしている福沢彦五郎に小兵衛の手紙を渡し、返事をもらって戻ります。
その途中、そば屋の小玉屋で柚子蕎麦を食べて、さらに小野篁をまつる、小野照崎明神で八郎との再会を祈り、振り向くと、なんと八郎と出くわします。
市蔵は八郎の足もとに駆け込んでかがみこんで、嗚咽しながらも八郎の足を必死に抱えこむ。
茶店で一刻ほど八郎は市蔵と邂逅する。八郎は市蔵に三日後、道場のあった目黒の明応院で再開を約し、二人は別れる。もちろん、こうなると、読み手として、市蔵は二度と八郎とは会えなくなるかもしれない、というハラハラが出てきます。嫌な予感しかしない。

市蔵は約束の日、一旦、明応院の和尚に会い、道場をしばらくそのままにしておくことの言質をもらい。明応院近くの目黒不動の門前にある桐屋の黒飴を買い求める。黒飴は八郎の大好物でした。八郎と小兵衛の文の黒飴を買い、約束の再会の場所である、鬼子母神堂
の前で八郎を待つが、約束の時間になっても、八郎は現れず、現れたのは五十過ぎの老女とみちがえる女だった。八郎の使いという女は八郎がここにはこられないということづけと、結び文を持ってきていた。その女はお信だった。お信は市蔵を目黒不動の裏門のまえにある料理屋伊勢虎に連れて行き昼餉を一緒にとる。お信は毎月の中ごろに自分が四谷の秋山道場に出向いて連絡を付けると市蔵に伝え、八郎に用事がある場合、高田の馬場の鞘師久保田宗七の家にお信の名前で告げれば、八郎に伝えることができることを伝える。


お信は「市蔵さんが波切先生のお言葉に従い、しばらく秋山小兵衛様の許で辛抱してくださるならいずれは波切先生と共に暮らすこともあろうかと思いますよ」と市蔵に力をこめて告げる。

この言葉は、どう考えても、お信が、お信自身に言い聞かせているような内容です。










2019年1月13日日曜日

今日は暖かい、どんど焼きの日。どんど焼きの日は小正月。剣客商売全集 別巻 黒白の感想とか。(6)


3連休の中日、今日も、朝から寒くなく、雨が降っていました。
6時くらいに起きて、朝食取って、8時過ぎにコメダ珈琲に行って読書。行く途中も雨でした。
本を読んでいるうちに、空が明るく成りましたが、すっきり晴れるというとはなく、雲が多く、10時頃に帰宅して徒歩で買い物。
買い物から帰ってきて、今日は歩いて30分くらいのお好み焼き屋に行き、焼き飯というか、ガーリックライスを食べて、



(お好み焼き屋のガーリックライス¥490)


そのあと、散歩がてら、八景水谷公園に行くと、どんど焼きをやっていました。自宅の近所の公園でも、それらしい焚火をしていました。
どんど焼きは小正月=1月15日に、正月の飾りや書初めを焼いて、1年の無病息災を祈る日です。書初めは字が上手くなることを祈ります。どんど焼きは地域によっては呼び名が違うようですが、だいたい、どんど焼きで通じるような気がします。


(2019年1月13日 八景水谷公園のどんど焼き Huawei P10plus)

(2019年1月13日 八景水谷公園のどんど焼き Huawei P10plus)

(2019年1月13日 八景水谷公園のどんど焼き Huawei P10plus)



晴れているといいのでしょうけど、雨は降っていないし、曇っているからこそ、比較的暖かい日でよかったですね。



昨年12月になってすぐに借りた剣客商売全集の別巻の事を載せるのも、延び延びにして、ついに年を越してしまいました。少しづつ挙げていきます。
とはいえ、まだ中盤。
例によって、礼の如く、感想と言うより筋を追いつつ、コメントをさしはさむ形式です。なので、完全にネタバレです。ご注意ください。



6つ目の章になります。次の7つ目が折り返し、確か、単行本で上下に分かれている場合は次の章 の「桐屋の黒飴」までが上巻です。


ー白い蝶ー
小兵衛は、文太を仲人にして、正式に、お貞と内輪の祝言をあげます。
ただ、小兵衛の心には、波切八郎が、約束をたがえるような男とは思えないため、なぜなのかが、気になって仕方なく、ついに弟子たちが守っているという、波切道場の様子を身に訪れます。
さて、読者には、雷雨の章以降、八郎が現れないため、八郎が岡本弥助を襲った無頼浪人を鮮やかに斬って守り切って、恐らくその匿われていた屋敷からは逃げて、岡本弥助とどこかに落ち延びているのではないか、ということしか想像できません。
小兵衛は波切道場の近くの茶店で、道場の様子を聞き、弟子の一人三上達之助が心臓の病で倒れてしまったことを知ります。
そして道場に行って、老木の市蔵が出てきてはなしをして、道場の寂れ具合を察することができます。
さて、小兵衛はようやく自分の道場を四谷仲町の自宅に作ることにします。資金は、国元の甲斐の兄が出してくれることになります。
辻道場に出入りしていた大工と、あれこれ口論しながら道場が建っていくのを眺める生活ですが、ある日、波切道場の老僕市蔵が小兵衛の家を訪ねてきます。
市蔵が、八郎の姿を見たというのです。
ただ、八郎も、市蔵に声をかけられて、むしろ姿を消します。
小兵衛は八郎は、道場の様子を人知れず見守っているのではないか、と考えます。

小兵衛と八郎、交わりそうで交わらない、微妙なすれ違い。すれ違わなければ、少なくとも八郎は黒白はっきりした人生を歩めたのではないだろうか。一方、小兵衛は、八郎との対決がなかったことで、お貞さんと夫婦になることができた。そこには、何か重大な落とし物をしてきた、と言うような屈託はない。小兵衛は、むしろ、八郎にあわないことで、黒白はっきりした生き方ができている、
むしろ白なのだろうけど。八郎はいつまでも、灰色。岡本と一緒にいるせいでそうなったのか。そもそも、岡本とは何者なのか。いろいろな伏線が仕込まれて、なんとなく、真田家とゆかりが出てきそうな雰囲気は匂ってきました。
お信との出会いがそうさせたのか。そこはわかりません。