2013年9月20日金曜日

韓国出張のおまけ その3

スウォンファソン編で2013年春・韓国出張編の最後になります。
かなりボリュームが増えたので3回に分けました。今回は2回目。
(さらに、この2回目が長くなったので前編、後編に分けています)
デジカメ画像がほとんどです。



4月の半ばからひと月ちょいほど、韓国に出張していました。
休日にホテルの近所にある世界遺産「スウォン ファソン」に行って来ました。



 



●第二回、水原華城。 ファソン巡り(後編 華虹門から南水門まで)



長安門の先には、華城を南北に流れる水原川の水門があります。
北の水門なので北水門ですが、別名華虹門というそうです。
なんとなくこのあたりには風情がありました。
水原川の川岸には散歩道があります。昔の景観や風情を残すようにしているのでしょうね。
門の上には櫓があります。ここからの眺めはなにやら落ち着きます。
朝の10時ごろに八達門をスタートし、ここに着いたのが午後1時ごろです。
おなかがすいたので、ここで持ってきたパンを食べてお昼にしました。



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(2013.4.27 華虹門 byNEX5N Tamron 18-200 III 18mm F22.0 ISO100 1/10)



水原川は華城を北から南へと流れていきます。この華虹門は入り口に当たります。
華城の市民にとっては命の水と言っていいでしょう。
おそらく市内や宮殿には井戸もあると思いますが、この川の水も重要です。
敵が攻めてきた場合、この水の手が攻撃されることは十分予測できることです。
このため、この付近は城壁がいったん南下して町のほうに入り込んで華虹門につながり、その先の城壁はまた北上し、川の流れに沿う形で建設されています。
川の警備も兼ねた配置にしたように思われます。



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(2013.4.27 水原川上流(城外) byNEX5N Tamron 18-200 III 18mm F8.0 ISO100 1/160)



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(2013.4.27 水原川下流(城内) byNEX5N Tamron 18-200 III 18mm F8.0 ISO100 1/200)



華虹門の隣には東北角楼があり、この角楼は別名「訪花随柳亭」というみやびた名前です。
「訪花随柳亭」をその東隣にある、東北舗楼から見た写真がありますが、確かにこの風景は詩的です。
東北角楼、「訪花随柳亭」には靴を脱いで上がることが出来ます。自分が行ったときも多くの人が上がってくつろいでいました。
またこの建物の形も複雑で、他にはない独特な造りをしています。
さすがにここで詩を詠む人はいませんでした(苦笑



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(2013.4.27 東北角楼「訪花随柳亭」 byNEX5N Tamron 18-200 III 18mm F8.0 ISO100 1/100)



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(2013.4.27 東北舗楼から眺めた訪花随柳亭 byNEX5N Tamron 18-200 III 18mm F13.0 ISO100 1/80)



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(2013.4.27 東北舗楼 byNEX5N Tamron 18-200 III 18mm F8.0 ISO100 1/400)



華虹門を過ぎて歩いてゆくと、東の大門、蒼龍門が見えてきます。
門の手前にも大きな屋根があります。何かと思えば、東将台。
しかしこちらは、自分が行ったときはまだ改修工事中。
とはいえ中には入れるんですね。いいのかなー



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(2013.4.27 練武台方向 byNEX5N Tamron 18-200 III 18mm F3.5 ISO800 1/4000)



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(2013.4.27 東将台「練武台」 byNEX5N Tamron 18-200 III 18mm F11.0 ISO800 1/500)



東将台は別名「練武台」といい、華城に駐屯する親衛隊や兵士が武芸を修練していた場所だそうです。
将台、というのは兵士を指揮する場所のこと。
西将台は八達山の山頂にあるので、状況を把握しやすそうだけど東将台は山の上じゃないから状況がわかりにくそうですね。
案内板には、開けた丘陵の上にあるので格好の場所、とありました、けどどうだかなー



練武台(東将台)の近くには、昔の朝鮮時代の弓を射ることが出来る場所があります。
自分が行ったときには子供たちがワーキャーいいながらやってました。1回10発で2000ウォンだそうです。
さらにこのあたりには練武台観光案内所があり、華城列車という、先頭車両が竜の頭の観光用の車(客車を3台ほど連結)の乗り場があります。
かなり人気みたいで、列が出来ていました。



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(2013.4.27 国弓体験 byNEX5N Tamron 18-200 III 18mm F11.0 ISO100 1/100)



練武台を過ぎると丘の上に東北空心墩(土偏に敦)があります。
この建物は基部は石積みですがその上はレンガで出来ています。
形状が大変ユニークなのです。
空心墩と名のつくものは西北の華西門の隣にありますが、こちらの形状とは少し違います。
西北空心墩は四隅のうちひとつの角部のみが曲線になっています。
東北空心墩写真を見てわかるように建物の四隅すべてが曲線なんですね。建物自体が円筒形ではなく、基部の石積み部分も四角なんですがその上のレンガ部分が丸みを帯びた形状に変えてあるんです。
ガイドには、中国の平墩を参考にした、とありました。このオリジナルの資料がないのでどうなっているのか興味があります。



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(2013.4.27 西北空心墩 byNEX5N Tamron 18-200 III 18mm F11.0 ISO800 1/800)



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(2013.4.27 西北空心墩内部 byNEX5N Tamron 18-200 III 18mm F11.0 ISO3200 1/15)



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(2013.4.27 西北空心墩の曲線美 byNEX5N Tamron 18-200 III 18mm F11.0 ISO100 1/80)



内部はらせん状にまわりながら上部にいたる通路があります。
らせん状といっても直線とカーブの連続です。
なかなか面白いですね。
上まで上がれば非常に眺めがよく東将台が見下ろせます。空心墩とは見張り用の楼台なんですね。
この建物は、華城のなかでも必見の建物のひとつだと思います。



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(2013.4.27 東北弩台入り口 byNEX5N Tamron 18-200 III 18mm F11.0 ISO100 1/125)



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(2013.4.27 東北弩台上部 byNEX5N Tamron 18-200 III 18mm F11.0 ISO100 1/125)



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(2013.4.27 東北弩台の弓狭間から西北空心墩を望む byNEX5N Tamron 18-200 III 18mm F11.0 ISO100 1/80)



東北空心墩を過ぎ、東北弩台をすぎると東の大門、蒼龍門があります。
こちらも華西門のような馬出状の構造物(甕城)がついています。



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(2013.4.27 蒼龍門 byNEX5N Tamron 18-200 III 18mm F11.0 ISO200 1/60)



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(2013.4.27 蒼龍門馬出(甕城) byNEX5N Tamron 18-200 III 18mm F11.0 ISO100 1/200)



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(2013.4.27 蒼龍門裏側 byNEX5N Tamron 18-200 III 18mm F11.0 ISO100 1/200)



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(2013.4.27 蒼龍門の龍 byNEX5N Tamron 18-200 III 18mm F11.0 ISO800 1/60)



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(2013.4.27 蒼龍門馬出入り口側 byNEX5N Tamron 18-200 III 18mm F11.0 ISO100 1/60)



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(2013.4.27 蒼龍門正面 byNEX5N Tamron 18-200 III 18mm F11.0 ISO125 1/60)



この蒼龍門を過ぎれば再び南部守備の守備範囲となるのでしょうか。
旗の色が赤くなっています。
気づいた方がいらっしゃるかどうか。



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(2013.4.27 赤令旗 byNEX5N Tamron 18-200 III 18mm F9.0 ISO100 1/320)



各写真にはところどころ旗が写っています。
「令」とか「巡視」という文字が書いてあります。
ここからは予想。
「令」は王の命令を伝える兵が持つ旗印。
「巡視」は守備兵や警備兵を示す旗印でしょう。
そして旗の色は方角を示し、従事する兵の部署がわかるようになっている。
なんてねー



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(2013.4.27 この日スタート地点近くの旗の色 byNEX5N Tamron 18-200 III 18mm F8.0 ISO100 1/250)



旗の色は方角を示していますね。
東は青、西は白、南は赤、北は黒。
中国の四神
東=蒼龍=青
西=白虎=白
南=朱雀=赤
北=玄武=黒
がその元になっているといいます。
この考え方は日本にも伝わっていますね。



というわけで、華城でも赤い旗を見かければ「南に入りましたよー」というサインでもあるのです。
スタート地点付近に見た赤い旗を再び見るようになった、ということはゴールが近づいてきた証拠ですね



さて蒼竜門を過ぎて、次の見ものである烽墩までは結構長いです。
退屈な感じ。
城の外には、場違いな感じもする大きな聖堂が見えます。
実は韓国にはかなりのキリスト教信者がいらっしゃるので、場違いな、ってことはないのですが、華城の成り立ちを考えるとちょっと微妙な気がします。
長安門のところで、正祖の側近であり、華城の設計者でもあった丁若鏞(チョンヤギョン、ギョンは金偏に庸)を取り上げましたが、かれは当時まだ認められていなかった天主教信者(カトリック信者)ではないかという疑いで、正祖在命中でも流刑にあったりしています。
正祖が当時の既得権者勢力だった両班との戦いをしていた王で、その側近は当然のことながらこの反対勢力の両班との戦いの矢面に立つことになります。
彼自身が本当に天主教信者だったかどうかは現在わかっていないそうです。
正祖がなくなった後の反動で丁若鏞は権力争いに破れ、当時激しくなっていた天主教への弾圧に伴い長い流刑生活を送ることになります。
その城のそばであんな大きな聖堂が立っているなってねえ、歴史の皮肉というかなんと言うか。



そんなことをつらつら思いながら歩いていくうちに、ついに烽墩に到着。
電信技術などなかった時代、最先端の長距離通信技術は烽(のろし)でした。
この城にこういった専用の、大掛かりな建物を作っているのは面白いですね。
烽をあげる筒(煙突)が5本あります。もしかして、烽火をあげる数で複雑な通信文を伝達できるとか?
当時の都漢陽(今のソウル)に近い北側ではなく、正反対の南側にこの施設が位置しているのも興味深いですね。



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(2013.4.27 烽墩 byNEX5N Tamron 18-200 III 18mm F9.0 ISO100 1/200)



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(2013.4.27 烽墩内部 byNEX5N Tamron 18-200 III 18mm F9.0 ISO100 1/160)



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(2013.4.27 烽墩内部 byNEX5N Tamron 18-200 III 18mm F11.0 ISO100 1/80)



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(2013.4.27 烽墩 byNEX5N Tamron 18-200 III 18mm F9.0 ISO100 1/320)





さて、烽墩を過ぎると東南角楼が見えてきます。
この角楼までやや高台に城壁がありますが、ここから今回のスタート地点までは平地部分になります。
華城は北に開けた台形の形である、と前に書きました。
南側はくびれていて、八達門付近は狭い平地部分です。
南側から攻めてくる敵勢力に対しては、少ない兵力でこの狭い部分を守備することが可能なようです。
その狭い平地部には水原川も流れています。
防衛上そういう地形を選んだ、ということでしょう。



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(2013.4.27 東南角楼 byNEX5N Tamron 18-200 III 18mm F9.0 ISO100 1/125)



東南角楼から降りると水原川の南側の門。南水門があります。
こちら側は北水門とちがっていまひとつ風情に欠けますねえ。
南水門とその付近は比較的最近修復された建物です。



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(2013.4.27 東南角楼からの降り口 中心の灰色構造物が南水門の上部 byNEX5N Tamron 18-200 III 18mm F9.0 ISO100 1/160)



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(2013.4.27 南水門下流側(城外) byNEX5N Tamron 18-200 III 18mm F13.0 ISO100 1/160)



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(2013.4.27 南水門上流側(城内) byNEX5N Tamron 18-200 III 18mm F9.0 ISO100 1/60)



これでようやく華城めぐりが終わりました。
もうくたくたです(苦笑
朝の10時頃に八達門を出発して、南水門に到着したのが午後3時。
5.8km、5時間の遠足でした。
でもすっごく楽しかったです。
正祖の生きた時代は世界史的にも激動の時代でした。
彼の改革に対する信念が形となったこの華城。
彼と丁若鏞たちの改革の夢、野望といったところに思いをはせながら見て回るのもいいと思います。
彼の寿命がもう少し長く、そして改革が軌道に乗っていれば朝鮮半島の歴史もずいぶん変わったのではないか、と思うのですが。



ガイドに2時間とあるのは、かなりショートカットしてるんじゃないかなあ、と思います。





2013年9月19日木曜日

DRAMの値上がり

仕事柄、DRAM工場と縁があります。
最近、ウーシーの火災事故で世界のDRAM価格高騰!なんて話を聞きました。
だけど調べてみると、昨年暮れあたりからDRAM価格は値上がりし続けています。
うなぎのぼり、と言っていいくらい。
価格コムで、あるDRAM(DDR3)の小売価格を調べたらこんな具合です。





上記の事故の影響もなくはないでしょうけど、それ以前に日本でのDRAM価格には大きな変動が起こっています。
円安のせいだけで説明がつくかなあ・・・
むしろ、世界的な生産調整が起こっている(起こっていた)ような気がしますが、どうなんでしょか。








2013年9月18日水曜日

韓国出張のおまけ その2

スウォンファソン編で2013年春・韓国出張編の最後になります。
かなりボリュームが増えたので3回に分けました。今回は2回目。
(実はさらにボリューム増えたので2回目を分けました。今回は 前編 八達門から長安門まで です。)
デジカメ画像がほとんどです。



4月の半ばからひと月ちょいほど、韓国に出張していました。
休日にホテルの近所にある世界遺産「スウォン ファソン」に行って来ました。



 



●第二回、水原華城。 ファソン巡り(前編 八達門から長安門まで)



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(2013.4.27 八達山入り口付近の桜? byNEX5N Tamron 18-200 III 18mm F3.5 ISO800 1/4000)



スウォンは漢字で書くと「水原」、ファソンは「華城」。
今から二百数十年前、18世紀末の李氏朝鮮王朝の王・正祖によって作られた城郭都市です。
それまでの朝鮮半島の中世的な築城技術の殻を破り、西洋の築城技術を取り入れ融合させた独特な景観があります。
具体的にはそれまでの石積みのみ(日本の中世城郭と同じく)から、一部レンガ積みを取り入れています。
華城、という名前。いいですね。とても好きです。



正祖の時代の朝鮮の都は今のソウルの地にありました。
中世朝鮮には両班(リャンバン)という貴族層が社会の支配層、既得権者となっており彼らは自身の権利を守る為に保守的にならざるを得ず、王でもその壁を突き崩すのは容易ではありませんでした。
ソウルの地にあった当時の都は、そうした既得権益者たちの巣窟になっていました。
正祖はそれまでのどの王よりも革新的な王でしたが両班の既得権の壁は厚く、思うように改革を進めることは難しかったのです。
彼はそれまで朝鮮社会を覆っていた閉塞感を抜け出す為、新しい都を作ることにしました。
その地がスウォン(水原)であり、築いた城がファソン(華城)ということになります。
しかし、残念ながらスウォンは新しい都にはなりませんでした。
あと一歩、というところで正祖は病死してしまうからです。
正祖の革新事業は残念ながらその後の反動で退潮し、両班はじめとする保守派の支配に戻ります。
その後約200年を経て朝鮮戦争が起こり北朝鮮によりソウルが奪われた際に、スウォン市は臨時首都になった時期があります。



さて、ファソン。
前回は八達門(パルダルムン)付近のマーケット情報でした。
ファソンは華城と書き、城ではありますが日本の近世城郭とは程遠く、スケールは異なりますがむしろ中国の城郭都市に近いです。
城壁が取り囲む中に街があり、王の住まう宮殿があります。
八達門の近くにこの城壁沿いを観光するスタート地点があります。
全体図はこんな感じ。



Map1



(ガイドに載っていたMAP)



Map2
(実際の華城 ぐーぐる先生)



Kumamoto_map3
(同じ縮尺の熊本市・熊本城付近 ぐーぐる先生)



外周は5.7kmあるそうです。
ガイド資料によれば2時間で全周を回る、と書いてあります。
後から思えばとんでもないです。
もちろん私はお金もなくヒマだったので、ぜんぶ、まるっと、ぐるっと、巡りました(苦笑
ちなみに、同縮尺の熊本城付近のMAPも並べました。



旧ファソン市街の西側には八達山があります。
高さ的には熊本市の弁天山くらいなので山というほど、そびえたつほどの山ではありませんが、ファソン全体を見下ろせる小高い山です。
ファソンの城壁の西側は峰に沿って走っています。つまり山の東半分はファソンの城内、ということになります。
八達山の東側、街側のふもとには山を背にして(日の出る方向正面を向いて)ファソンヘングン(華城行宮)という宮殿が置かれています。
ファソンの街はきっちりした条里制ではないようですが、宮殿の表に南北に走る大通りがあります。
街を取り囲む城壁の各方向に門があり、大通りの北側に長安門、南側にあるのが前項の八達門、東(正確には東北方向)に蒼竜門。西(正確には西北)華西門。
西側の八達山山頂と東側蒼竜門近くに守備の要(それぞれ西将台、東将台)があります。



中華風の風水術の影響があります。
背山臨水。
韓国ばかりでなく、日本でも中国風水の影響は大きく、昔の中華風を真似た街は風水術を気にしながら作られています。
昔、平安京と呼ばれた京都は最たるものでした。ただこれも中華風、というだけで本場のような版築によるそびえたつ城壁などはなかったようですが。
(現在の京都には臨水にあたる水が今はありません。昔は「巨椋池」というものがあったようです。)



チケット売り場があり、その前に民族衣装を着たおばさんがいました。
日本語はちょっとだけ通じました。



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(2013.4.27 八達門近くの八達山入り口 byNEX5N Tamron 18-200 III 18mm F8.0 ISO100 1/250)



チケット売り場の横から城壁が走り始めています。
山に沿って作られている姿は壮観ですが、自分は既に万里の長城を見ているので、中国並なものを想像するとかなりちゃっちいです。
城壁の高さはあまり無い上に城の周りに堀(空堀、水堀)はないんですねえ。
防御力はどの程度あるんだろうか・・・



ここでチケットを買うのですが、よく見るとチケットを買わないで山を登っていく人たちがいます。
(買わなくても良いのか?)
後で聞いたら地元民は無料だそうです。
入場料は1500w(150円)です。安!



城壁に沿って階段を上っていきます。
城壁の高さは内側は2mから3m。外側は3mから4mくらい。切石積み、城壁には銃眼があります。
途中、物見や戦闘時に兵士が籠る小さい建屋や、屋根のない矩形のエリアがあります。「雉」(チ)と言うものです。



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(2013.4.27 南雉 byNEX5N Tamron 18-200 III 18mm F8.0 ISO100 1/100)



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(2013.4.27 南雉の銃狭間 向こうに見えるのは八達門 byNEX5N Tamron 18-200 III 18mm F8.0 ISO100 1/100)

「雉」に屋根がついたものが「舗楼」(ホロウ)です。
ローカルな守備の拠点になると思われます。
城壁の各方向に数か所づつありますが、大きさはそれほど大きくありません。
これより規模の大きい防衛拠点には砲楼と、空心墩(土偏に敦。)という塔が北側に2箇所づつ4か所あり、手が込んでいるつくりをしています。
北側3門の守備をサポートする役割があり十分考えられた設備だと思いました。
これとは別にさらに4箇所の角楼があります。
登りきると山上は割と平坦です。



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(2013.4.27 八達山登り道 byNEX5N Tamron 18-200 III 18mm F13.0 ISO100 1/60)



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(2013.4.27 西南暗門 byNEX5N Tamron 18-200 III 18mm F13.0 ISO160 1/60)



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(2013.4.27 西南角楼(華陽楼) byNEX5N Tamron 18-200 III 18mm F13.0 ISO200 1/60)



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(2013.4.27 八達山登り切った平坦部分 byNEX5N Tamron 18-200 III 18mm F13.0 ISO100 1/160)



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(2013.4.27 西舗楼 byNEX5N Tamron 18-200 III 18mm F13.0 ISO400 1/60)



ここから西将台までが山上になります。
西将台は北方向の見晴らしがいいです。



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(2013.4.27 西将台からの眺め1北東 byNEX5N Tamron 18-200 III 18mm F13.0 ISO100 1/100)



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(2013.4.27 西将台からの眺め1南東 byNEX5N Tamron 18-200 III 18mm F13.0 ISO100 1/200)



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(2013.4.27 西将台 byNEX5N Tamron 18-200 III 18mm F13.0 ISO160 1/60)



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(2013.4.27 西弩台 byNEX5N Tamron 18-200 III 18mm F13.0 ISO100 1/100)



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(2013.4.27 西将台付近の花(つつじの一種?) byNEX5N Tamron 18-200 III 18mm F3.5 ISO100 1/400)



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(2013.4.27 西将台からの下り道 byNEX5N Tamron 18-200 III 18mm F3.5 ISO100 1/400)
 



ファソンの北はソウルです。
この城にとっての仮想敵はどちらの方向から来ることを想定していたのでしょうか。
防御の厚さを考えると北側の防備が充実しています。
東、西の門はどちらかと言えば北側にあり、町の形も北側に開いた台形です。
敵は北側から来ると考えられていたのでしょうか。



西将台の先は山を降ります。城壁も山を下っています。
下りた先に西北の門、華西門があります。



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(2013.4.27 華西門 byNEX5N Tamron 18-200 III 18mm F11.0 ISO100 1/80)



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(2013.4.27 華西門正面 byNEX5N Tamron 18-200 III 18mm F11.0 ISO100 1/80)



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(2013.4.27 西北墩(土偏に敦) byNEX5N Tamron 18-200 III 18mm F11.0 ISO100 1/80)



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(2013.4.27 華西門馬出(甕城)から空心を望む byNEX5N Tamron 18-200 III 18mm F11.0 ISO100 1/200)



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(2013.4.27 華西門の龍 byNEX5N Tamron 18-200 III 18mm F11.0 ISO640 1/60)



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(2013.4.27 華西門馬出(甕城) byNEX5N Tamron 18-200 III 18mm F4.0 ISO100 1/1000)



門の前側が大きく湾曲した城壁に囲まれており、日本の城郭技術で言えば、「丸馬出」そのものです。
馬出し曲輪自体を一種の楼閣にし、出城のような形にしたのが、大坂冬の陣で有名な真田丸です。
これは武田流(甲斐の武田信玄)の築城技術ではないかっ!と、興奮してしまいました。
華城は18世紀末。武田流築城術は16世紀末。
むむむー、なんてな。
築城術なんていうのは、突き詰めればどこの国でも似たようなものになるのかもしれません。



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(2013.4.27 北舗楼 byNEX5N Tamron 18-200 III 18mm F11.0 ISO100 1/80)



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(2013.4.27 華城北辺の道 後ろの山は八達山 byNEX5N Tamron 18-200 III 18mm F11.0 ISO100 1/250)



華西門から東進すると、北の玄関、長安門(チャンアンムン)に到着します。
かなり威容がありますね。
現存する韓国国内の城門の中で一番大きい城門だそうです。
これを作った正祖が当時の都(漢陽、ソウル)から来るときに通る門で、いわば正門と言っていいようです。
こちらも、防備は厳重であり、華西門でも見た甕城(丸馬出し)構造あり、入り口は正面になっているのでやや効果は半減だが櫓あり。
ちなみに、この日本で言えば馬出曲輪と呼ぶ構造は、「甕城」と呼んでいるそうで、当時の正祖の側近で実学者の丁若鏞(チョンヤギョン、ギョンは金偏に庸)の設計らしい。



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(2013.4.27 長安門正面付近 byNEX5N Tamron 18-200 III 18mm F14.0 ISO100 1/60)



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(2013.4.27 長安門正面付近 byNEX5N Tamron 18-200 III 18mm F14.0 ISO200 1/60)



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(2013.4.27 長安門の龍 北門だから?背景は黒 byNEX5N Tamron 18-200 III 18mm F8.0 ISO800 1/60)



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(2013.4.27 甕城内からの長安門正面 byNEX5N Tamron 18-200 III 18mm F11.0 ISO200 1/60)



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(2013.4.27 長安門甕城内から甕城裏側 byNEX5N Tamron 18-200 III 18mm F14.0 ISO160 1/60)



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(2013.4.27 長安門甕城内にある解説 byNEX5N Tamron 18-200 III 18mm F14.0 ISO200 1/60)



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(2013.4.27 北東敵台から見た長安門 byNEX5N Tamron 18-200 III 18mm F14.0 ISO100 1/60)



門の左右からも門に取り付いた敵へ攻撃が出来るように、「敵台」という防衛拠点があります。
先述した「雉」とほぼ同じ構造です。



26_hokusei_tekidai
(2013.4.27 北西敵台 byNEX5N Tamron 18-200 III 18mm F14.0 ISO160 1/60)



29_hokutou_tekidai
(2013.4.27 北東敵台 byNEX5N Tamron 18-200 III 18mm F11.0 ISO100 1/100)



華城編が長くなりそうなので、ここで分けました。



写真もやや膨大。
この先は、後編 華虹門から南水門まで に続きます。







2008夏 釜山旅行 初日 
http://pon-blue.way-nifty.com/sora/2008/08/post_1867.html
2008夏 釜山旅行 二日目 その1
http://pon-blue.way-nifty.com/sora/2008/08/post_65a8.html
2008夏 釜山旅行 二日目 その2
http://pon-blue.way-nifty.com/sora/2008/08/post_9584.html
2008夏 釜山旅行 三日目
http://pon-blue.way-nifty.com/sora/2008/08/post_932a.html



韓国出張の日常 たぶんその1
http://pon-blue.way-nifty.com/sora/2013/05/post-8a09.html
韓国出張の日常 たぶんその2
http://pon-blue.way-nifty.com/sora/2013/05/post-455b.html
韓国出張の日常 たぶんその3
http://pon-blue.way-nifty.com/sora/2013/06/post-733f.html
韓国出張の日常 たぶんその4
http://pon-blue.way-nifty.com/sora/2013/09/post-f251.html
韓国出張の日常 その5
http://pon-blue.way-nifty.com/sora/2013/09/post-e26b.html



韓国出張のおまけ その1
http://pon-blue.way-nifty.com/sora/2013/09/post-c8c4.html