2018年7月9日月曜日

剣客商売全集(5)感想の1

今日は「梅雨明け」と言っていいんじゃないか、と思うような夏の空が広がった熊本でした。

先日書きましたが、先に読み進めていた通常版9巻を返し、全集5巻を借りて読んでます。その感想前半です。
全集5巻前半は通常の9巻の「 待ち伏せ 」(待ち伏せ、小さな茄子二つ、或る日の小兵衛、秘密、討たれ庄三郎、冬木立、剣の命脈)

全集5巻は貸し出し中だったので図書館になく、通常版9巻を借りて先にこちらを読みました。

待ち伏せ、
大治郎が猿子橋を渡っているところで、待ち伏せに会う。待ち伏せていた曲者は二人いて一人は「親の仇」と叫ぶが、大治郎には心当たりがない。
小兵衛が若いころに物心ともに庇護をした旗本若林家の先代若林春斎は今は隠居の身分、時折訪ねてくる師の息子にあたる大治郎も気に入っており、たびたび呼んで話をしたりするようになっていた。
大治郎はこの若林家を出たところで襲われたので、人違いの対象は若林家に関わる人物ではないかと考えます。
調べてみると、、大治郎と背格好が同じ人物が若林家を出入りしていることがわかり、その男にあって事情を話すと、男佐々木周蔵はあっさり認め、大治郎を親のかたきと間違われたのは、自分のことであると認める。
大治郎が父小兵衛にこの一件を語ると、小兵衛は大治郎に「あまりこの件、かかわるべきではない」と意見します。
その後、大治郎は斬られて倒れている佐々木周蔵を見つけ、彼の家まで遺体を運ぶと、そこには佐々木の妻おりくがいた。
おりくから事情を聴かされた大治郎が、若林春斎に話すと、彼は大治郎に
始まりから人違いから大治郎が待ち伏せに会う、という重々しい雰囲気で始まります。事件の真相もやりきれない切ない事情が隠されています。
大治郎が父小兵衛に「どれが本当のご隠居の姿なのか」と問いますが、小兵衛は「わしとお前が見た二つの顔どちらも本当のご隠居の顔じゃ、人間というものはみな、それさ、わしなぞ十も二十も違う顔をもっているぞ」
「お前の顔はまだ一つじゃな」
翌年の春、若林の隠居も亡くなる。それまでの間、大治郎は何度か襲われる。
おりくは小兵衛の機転で自害せずに済み、小兵衛の口利きで医師小川宋哲の身の回りの世話をするようになる。
この回で、大治郎には先々父親になることが明かされます。しかも先に気づいたのは門弟の一人、笹野新五郎。
大治郎は父親小兵衛に言われてようやく気付きます。
この回、たまたま会った鰻売りの又六に佐々木周蔵の跡をつけさせますが、その間、又六の家で大治郎が待っている間に、又六の母親が作ったあさりのむき身と五分切りのネギを薄味の出汁で煮込んだものをごはんにかけた「ぶっかけ」という料理が出てきます。
食通の池波さんの各話に、
こういった江戸前のいかにもうまそうなB級の小料理、が数多く出てきます。B級と書いたのはそんなに手を尽くしたものではなく、
江戸の庶民が味わうものなので手軽く、江戸前の食材で、比較的軽く作ってさっと出来上がるものが多いのです。
だからこそ、話がわき道に大きく逸れることなく、わずかな行を埋めて、まるで話の合間の箸休めのようなものですが、いかにもおいしそう。
作り方も丁寧に書いてあるので、池波ファンの間では模して作る人も多いようです。

小さな茄子二つ、
小兵衛のかつての門弟落合孫六が、義弟の博打の借金100両を金貸しの絵師から借りて義弟のもとに届ける途中襲われ100両奪われる場面から始まります。
事件そのものは一種の詐欺ですが、
小兵衛の若いころの話が出てきます。

或る日の小兵衛、
夜、厠に立った小兵衛は昔、自分にとって初めての女性だったおきねの老女の姿を厠の窓越しに見る。
彼女の身に何か起こったのでは、と考え彼女の家のある大久保に向かう。
向かう先で数々の事件に出くわす。
しかし、結局その後自宅に戻ると、亡妻の叔母お静が亡くなっていた事を知る。
秘密、
大治郎は浪人に絡まれていた娘を助ける。これを見ていた別のある浪人宮部平八郎に50両で殺してほしいと人殺しを依頼されるが、その殺しの対象人物滝口友之助は大治郎が知っている人物。
殺しを依頼した人物もさりとて不振ではなく、むしろ好人物のように思われ、対象の人物もなかなかの腕利きと思われるが、こちらも好人物であり、
大治郎にとっては他人から殺される対象になる人物とは思えなかった。
大治郎から見ると、殺しを依頼するほうも殺されるほうも、その理由に首をかしげたくなるような好人物。何故?がいくつも付くのですが、題名の通り、そこには秘密が隠されています。
こういったストーリーはこれまでいくつもあったように思いますが、あえてこの回を「秘密」という題にしたのは何か理由があるのではないか、と思いました。
次のお話、討たれ庄三郎も、同様に秘密が隠されています。秘密、という題にしてもおかしくない。
この回は、ある藩の殿様の不埒から端を発しています。
その不埒を藩ぐるみで隠そうとしたため、また隠そうとした藩上層部はしっかりしていたので、藩主は江戸でも藩でも、名君と評判になっています。
隠そうとした、上層部が、この件に関してはあ小兵衛に言わせれば、ばかばかしいにも程がある対応したため、友之助の口を封じるため、家中で何人もの指折りの剣士たちを死なせてしまっている。
結局、友之助はこれまで、そうした多くの被害者を出してしまったことも含め、大治郎に手紙と形見の脇差を残し、けりをつけるため自害します。
殺しを依頼した宮部にとってはこの依頼はその事情から非常に嫌な役目でした。だからこそ、滝口の死をしった宮部は大治郎に滝口の死にむせび泣くほどの姿を見せます。
小兵衛は大治郎の対応を上出来だった、と表しますが、大治郎にとっては不本意だったようです。
この大治郎の気持ちあたりが「秘密」という題にした理由なのかもしれませんん。

討たれ庄三郎
小兵衛のもとに鬼熊酒屋の亭主文吉が訪れる。客の一人に会ってやってもらいたいという。その客は中年の浪人で、小兵衛も見覚えがあった。
恐らく相当な使い手ではないか、と小兵衛は見て取った。彼の名前は黒田庄三郎という。
彼は小兵衛に果し合い=仇討の立ち合いを依頼する。しかも、彼が仇討するのでは彼が仇討される側。
相手は19歳の若者、黒田庄三郎の腕で有れば訳もなく返り討ちができる相手。
黒田庄三郎はその若者の父親のかたきだった。
庄三郎が若者の父親の仇になったのはまた、ある国持大名の藩で起きた午前試合の事件がきっかけになっていて、その事件は少々ややこしいのですが、若者の父親を斬ったのは庄三郎ではありません。
さらに、この事件の裏に池波さんは驚きの真実を隠しています。その真実がゆえに、庄三郎の憐みの情が、若者に斬られてやろうという思いにさせたのでしょう。
庄三郎になついていた黒猫の話から、庄三郎の人柄はしのばれますが、剣客商売ではよくこういった、殿様の酔狂で行われる御前試合などがきっかけで事件が起こります。
当時の剣術使いの試合、と言えば、結局のところ、斬りあいで負ければ屈辱もしくは命を失う。勝っても相手だけではなく関係者すべてに遺恨を残す。だれも幸せにならない。
その後始末さえちゃんと付けられないばかな殿様がこういったことを始めて、多くの人々を不幸にする場面が良く出てきます。
全集4巻の決闘・高田の馬場もそうでした。


冬木立、
場所は深川。時は12月の中ば。小兵衛はたまたま深川を歩いていて季節柄珍しい雷雨に降られて、
小兵衛は3年前同じように雷雨に会って雨宿りした居酒屋で見た、心に一点の曇りがなさそうな、真情あふれる対応をしてくれた、おはるに似た小女を思いす。
3ねんぶりにその居酒屋相模屋に行ってみると、まったく雰囲気が変わっていた。3年前は明るく、居心地の良い店だった。なじみ客も大勢いたようだった。
あの時の小女の「おきみ」はいるようだが、3年前と態度が全く違っていた。店には目つきの悪いごろつきが集まっていた
「3年前、濡れ鼠で飛び込んで雨宿りをさせてもらった爺さんだ。 忘れたのかい?」
「知らないよ、早く帰んな! 出ていきなよ、でないとひどい目に合う」
がらりと変わって、暗くよどんだ、剣呑な雰囲気しかなかった茶店で、小ごろつきに乱暴されかかった、3年前の小女を小兵衛は見つけ助ける。
小兵衛は小女を保護し大治郎の家でかくまう。途中、船で運ぶ際に船宿の主に聞いて見ると、その居酒屋相模屋は3年前、押し込み強盗が入り、亭主と小女が殺されるという事件が起きていた。
難を逃れたおきみと、竹造という料理人の2人は、その後結婚して相模屋を継いだ。
小兵衛はおきみを大治郎の家まで運んで弥七に相模屋を調べてもらう。
竹造は付近の元締めをやっている、香具師の若松屋文五郎がひらいている賭場で、3年前の事件があったころ、借金をしていた。
相模屋にいたごろつきも若松屋文五郎の配下だった。
竹造が博打好きだったせいで、ガラの悪い客が出入りするようになり、それまで相模屋を贔屓にしてくれていた常連客達も次第にやって来なくなってしまったという話。
おきみを狙ってごろつきや竹造が相模屋で待ち伏せているところを小兵衛が襲い、弥七らは竹造を捕らえる。
竹造の自白によると、相模屋の元主人はおきみを襲っておきみは激しく抵抗した、その時おきみが元主人を殺したことにした。
しかし、実際にはおきみは元主人を殺しておらず、借金で首が回らなくなっていた、竹造が、香具師若松屋文五郎と相談して事件を偽装した。
その後竹造はおきみを抱いて結婚する。
竹造は縛り首になり、香具師の文五郎一味も捕らえられ処罰される。
そのことを知らないおきみは大治郎の家で、心の傷をいやす日々を過ごす。三冬が目を離したすきにおきみは大治郎の家を抜け出す。
この小女は大川に浮かんでいるところを発見される。身投げして自殺してしまった。。
おそらく、ぬけだして、相模屋の付近で、竹造が縛り首になったことを知ったのだろう。
小兵衛にはわからないことではなかった、きっかけがどうあれ、おきみは竹蔵を好いてしまっていたのだ。
彼女にとって、この世で唯一の男がこの世に居なくなったことに絶望したのだ。
「おきみよ、お前はわしの余計な手出しを恨んでいたのやもしれぬな」
なんとも切ない最期です。
いくら人生の達人小兵衛といえども、後味の悪い事件になってしまったと思います。
毒婦ででてきたおきよ、や男と女の滝口の妻女、とは全く真逆の女性像ですが、
おはるさんや、この回のおきみのような純粋で、世間知らずな、真心のみで生きている女性は、一途になるのでしょうか。
どちらがより、女性の本質を描いているのでしょうね、
ま、経験の薄い自分にはやはり前者のほうが一般的で多数派じゃないかと思うのですが、よくわからない世界です。

剣の命脈
病に侵されて、恐らく治る見込みもない。私自身に重ねてしまうような、人物が冒頭から登場します。
剣術の腕は秋山大治郎とほぼ互角。以前、木剣での試合を大治郎としており、そこでは、
彼はもう少しで命の灯が尽きようとしていますが、心残りと言えば、その大治郎と真剣を取っての果し合いなら、命のやり取りをかけた果し合いならば勝てるのではないか、と彼は考えます。
さて、剣客というものは因果なものです。
仮に、彼が勝つということは大治郎が命を落とすことになる、それはもうすぐ生まれる後継ぎが生まれる前に父親を失うことになる。
彼が負けても、もともと長くない命と、彼の身の回りの人もさほど影響はないかもしれない。
ですが剣客が自分の存在意義を確認するには他人の命や他人の幸せをも奪うことになる、
ということは、なんともやり切れない気がします。
恐らく、大治郎は剣客として身を立てるときにその覚悟はしたでしょう。
彼の妻、三冬もそうでしょう。
剣に生きる。
ということはそういうことなんでしょう。
九州肥前藩の藩士によって江戸期に書かれた「葉隠」という書物があり、「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」、という一節があります。
これの本位は文字のままではありません。目的のためには自己(の欲)を捨てる(自己を殺す)、ことが最善であることを説いたものです。
さて、剣客とは何でしょう。
文字通り、剣一筋に生きる、人々ですが自己の欲(剣技を極める)のため、、命のやり取り、さらにその周囲の人々の恨みなどもすべて引き受ける覚悟が必要と、
たしか、小兵衛は息子大治郎に物語の最初のほうで語ったとする説明はありました。
本題に話を戻すと、大治郎との最期の果し合いを望む病身の人物は、結局、最後、大治郎とすれちがい、会うことができず、待っていた料亭で大量に血を吐いて死んでしまいます。
さて、この話では最後が妙に尻切れトンボになっています。将来の伏線でしょうか。
死んでしまった剣客の身内は一切、秋山大治郎に関わらない、あるいみで無礼な態度で終わります。
潔く、剣に生き剣に死のうとした、病身の剣客の家族と考えると、大きなGAPです。
まるで、この剣客がもとよりこの世にいなかったものとしようとする、強い意思が働いているようです。


全集5巻後半は長編1篇のみです。
題名は「春の嵐」 関東への小旅行があるので、まだ途中までしか読んでいません。
何者かが、秋山大治郎になりすまして、殺害事件を繰り返します。最初の事件は辻斬りのような状況。
殺害されたのは800石取りの旗本。大治郎にも全く関係性なく。
なぜかその家来も殺され、小物の中間の男のみ生き残ります。
その中間の男も、金王八幡の付近で、殺害者に似た男を見つけ、おそらく後をつけて、その後死体になってみつかります。
2件目は、大晦日、秋山親子の後援者であり、秋山大治郎の妻三冬の父、いわば舅の田沼意次の屋敷の門前で事件が起こります。
殺されたのは門番の男。

(つづく)


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