2018年7月28日土曜日

剣客商売全集(6)前半感想 その1

明け方、今年2回目の皆既月食でした。明け方というか。未明4時過ぎに皆既月食になり、
かけたまま月が没する、皆既の時間が140分、という恐ろしく長い月食ではありましたが、
時間帯が残念過ぎました。
一応3時くらいに起きて空を見ると、熊本市は曇ってました。。。

次の日本での皆既月食3年後らしいです。


また、颱風ジョンダリが日本に上陸しそうです。
ニュースを見ると、盛んに。過去に例のない進路をとる、 「今までは大丈夫だった」ということが通用しない、ことがニュースで言われています。
なんかおかしいな、と思うのです。そんな、過去に例がないというほど、特別な颱風だろうか。
確かに、この時期の颱風はたいがい、西や南から東、北のほうに抜けていくルートをとります。
この時期に限らず、いわゆる、日本付近を通る季節風の通り道がそのルートです。
確かにジョンダリは逆に進みますが、颱風の恐ろしさ、というものは、ルートに拠らないと思うのですよね。
進行方向の右側が風雨が強い、と一般に言われますが、これも絶対じゃない。
昨今の天気の予報技術の進歩は目覚ましいと思いますが、人間のほうがそのことや、自然に対する危機感をちゃんと理解して、いない部分に問題があるのでしょう。
先の、西日本豪雨では
、これまで昨年の九州の豪雨や、かつての中国地方を襲った豪雨の教訓が生きたでしょうか?
人間というものは、何度痛い目にあっても、同じ失敗を繰り返します。
気象庁、やマスコミも、この辺を踏まえて、あえて禁句を言わず、「過去に例のない進路をとる」という表現で警戒を呼び掛けることになるのでしょう。
あえて私は書きますが、
自然災害に対しては、結局、自己責任、ですよ。

金曜日の予測より、土曜日の予測、西よりに進路を変えていますね。北に邪魔があるのですかね。
瀬戸内海沿いを通るというのは、先の西日本豪雨の被災地にはやや、一番いやなルートになっています。つい先日の教訓を生かすようにして欲しいと思います。
兵法にもあるように拙速という言葉はありますが、それでも、行動は早くても修正が効きますので。
早めの行動を心掛けてほしいですね。

(2018年7月27日金曜日時点での5日間予報)


(2018年7月28日土曜日時点での24時間予報)




6巻前半「勝負」 その1(剣の師弟、勝負、初孫命名、その日の三冬、時雨蕎麦、助太刀、小判二十両)
感想というかあらすじそのままなのでネタバレです。ご注意ください。


剣の師弟
いよいよ、三冬の産み月が迫っていた初夏、小兵衛も初孫にそわそわしています。
珍しく、どこに向かっているか説明がないまま、小兵衛が駒込あたりの林の中を歩いていた時、事件に遭遇します。
短刀を持った町人が肩を持った侍二人に囲まれていますが、明らかに侍が劣勢。劣勢というか。侍に踏み込む勇気がないと、最近の侍、武士のふがいなさに落胆する小兵衛。結局、。町人が侍の一人の顔を斬って侍を撃退します。
小兵衛はそのあとに立ち寄っ料理屋で、別の侍と連れ立った先ほどの町人を見かけます。侍は小兵衛のかつての門人、黒田。黒田は小兵衛から、いずれ道場を譲ってもいい、とまで思われるほど、目をかけられていました。三人を斬殺して行方をくらまします。黒田と町人が店を出ると、小兵衛はあとを追います。二人は湯島天神に近い高級旅館楠屋に入ります。その後のことは、小兵衛は北大門町の御用聞き、文臓親分を訪れて頼み込みます。
t出しこの時点では黒田のことは伏せてます。そのあと、文蔵が弥七親分を連れて、小兵衛に報告に来ます。
小兵衛は、さすがに隠せなくなって、文蔵と弥七に黒田のことを明かして、秘密裏に黒田と町人を探ってほしいと頼みます。黒田は山口と名を変え、大阪の津田屋という大きな宿屋の紹介で楠屋に滞留しており。黒田が足袋問屋の丸屋勘蔵を殺そうとするところを、小兵衛に阻止される。
黒田を斬った際、小兵衛に、「師匠の手にかかったのじゃ、満足とおもえ」「よしよし、おまえのいいたいことはようわかったぞ」やさしげな、しかし曇った恩師の声が黒田の耳にとどいたかどうか。息絶えた黒田のいがいにも静かな死に顔をじッと見つめる小兵衛の両眼から熱いものが吹きこぼれ、こらえられぬ嗚咽が洩れた。
あとで、例の町人藤川の仙助をとらえて明らかになったのは、大阪の津田屋が大阪奉行所も一目置くほどの悪で弥七が見るところ、丸屋の殺しを津田屋に頼んだ主は江戸にいる。仙助の自白によると黒田は丸屋を殺した後、阿部家の下屋敷の賭博場に行き、日野の太平次を殺すことになっていた。若いころの山口つまり黒田はその賭博場のいかさまで、太平次にひどいめにあっていた。
阿部家では奥用人など下屋敷の賭博場に絡む家来の処分をした。小兵衛が弥七に向かって曰く、徳川の時代はながくない。」
弥七は「おどかしてはいけません。」小兵衛は「おどかしても、からかってもいない。ほんとうのことさ」津田屋のことは幕府から大阪町奉行所に連絡が行ったがもみけされ、丸屋は翌年奇怪な死を遂げた。
剣客商売では、大名や旗本の下屋敷の中元部屋で行われる賭博場に絡む事件が良く起きます。
また、そこに江戸の町の悪事の黒幕で地域ごとに縄張りを持つ、香具師の元締めが出てきます。
大阪町奉行所が出てきますが、大阪は商人のまちだけに、腐敗が一層激しい、と思われます。
奉行所と津田屋も癒着があるのでしょう。
時代的には、大塩平八郎の乱もそう遠くないです。1837年なので、この話のおよそ50年くらいあと。

勝負、
大治郎が試合することになった。相手は試合に勝てば仕官が叶う小兵衛はこれを聞いて大治郎に「負けてやれ」という。三冬までも「負けて御上げなさいませ」という。大治郎はこれに、相手への失礼があるのではと納得できず、もやもやしている。相手は一刀流の道場高崎忠兵衛の高弟谷鎌之助。常陸笠岡の牧野家の殿様がかつて田沼老中を通じて、大治郎に仕官を求めたことがあり、大治郎はこれを断っている。過去のそういった経緯があり、谷の仕官は大治郎を倒すことができたら許す、という条件が付いた。ある時、大治郎は小間物問屋の村田屋徳兵衛老人に声を掛けられる。老人は大治郎に百両で谷の試合を負けてほしいと頼む。大治郎は断る。この話を小兵衛にすると、もったいない、もらっておけばいいのに、という。谷は老人の娘婿であった・
結局、大治郎はもやもやしたものを感じながら試合に望み、勝負に負ける。
後日、谷は、義父と会っていたことを大治郎に聞き、義父の頼みを聞いて試合に負けたのかと問い、再試合を望む。再試合も、大治郎はわざと手加減をしてそれときづかれないようにして負ける。谷は納得し、
そして、ようやく、三冬が男の子を産みます。大治郎は父親になったのです。
この後、谷とのいきさつを聞いた小兵衛は、大治郎がまけてやったことを看破しています。今の江戸に大治郎の腕に敵う剣客はいないと。
小兵衛は黒田を斬ったことを引きずっており、「師匠の手で弟子を討つような、わしの剣は高が知れているわえ」という。「剣をもって人を助けることができるなら木太刀の試合一つに負けたとて何のことやあろう」
さらに、村田老人の娘はかつて田沼屋敷で奉公しており、三冬にかわいがられていたそうな。そんな事情を一切いわないまま、三冬は大治郎に、負けてやったらどうか。とおねがいしたのだった。
なんでもかんでも、言葉にすればいいというものではないし、
プライドという欲を抑えることに関した、奥が深いことを表したストーリーのように思えます。
剣の道、剣客、といういわば特殊な世界ではありますが、
現代にも通じる、奥ゆかしさ、自己の欲を抑えて相手を察することの大切さを感じます。

初孫命名、
そろそろ大治郎の息子に名前を付ける必要があるが、小兵衛がこれをはばんでいるそうな。
大治郎は父小兵衛から一字をとって、小太郎としたいとみふゆや義母おはるにいう、おはるも大賛成。
小太郎にたいして、小兵衛がいい顔をしないらしい。
小兵衛は旧友松崎助右衛門のもとに向かう途中、小兵衛の家を襲って金貸し浅野幸右衛門の遺産、千数百両を奪う話をしている男たちの話を立聞きする。
小兵衛はこの話を傘徳と弥七に相談する。
強奪の話をしていた男たちが小兵衛の隠宅に来た時、小兵衛は弥七たちと待ち伏せしていた。
さらに、捕まえた男たちの中に、松崎家の老僕、庄五郎の姪の子、煙草屋の仁助がいた。
仁助は金貸しになりたくて母親を通じて、松崎からお金を借りれないか、と相談をしたとき、小兵衛が松崎に金貸し幸右衛門の話をしたときに一緒に聞いていた庄五郎から話をきいていた母親から、金貸しは決してあこがれるべきではない、と聞いて、小兵衛の家を襲うことを決意したらしい。
庄五郎は姪の子が小兵衛家を襲ったことで気に病んで首を吊りそうになったが、異変に気が付いた松崎助右衛門がすんでのところでこれを阻止した。
庄五郎をきづかう小兵衛に、助右衛門がかたじけない、といい、年寄りはたがいにいたわり合うてまいろうな、としみじみいうのに、目の中が熱くなる。
さて、肝心な小兵衛の助右衛門への相談は初孫の名前で、助右衛門も小太郎に大賛成。
この話は、事件のとっかかりが自分の家を襲う相談を、当の小兵衛が立ち聞きするという展開で、特に裏もなく、
あっさり解決します。
5巻から小兵衛の老いを感じる場面が増えてきます。
その日の三冬、
珍しく、三冬のその昔にきっかけがある、お話。とは言え、三冬がかつて井関道場の四天王の一人で、井関道場の後を継ぐなり道場を閉めてしまった話はかつてにありましたが、その井関道場で昔こんなことがあった、という感じで話が進みます。
かつて、腕はたつが容姿がヒキガエルのようなむさくるしい顔の岩田勘助という門人が井関道場にいた。この岩田にめをかけていたのがかつての佐々木三冬だった。
その岩田が、みふゆの産後初の外出で目の前で町女房を拉致して小屋に立てこもる。
三冬は名乗って、小屋の中の岩田に声をかけ中に入って、女房を救出する。
その後、大治郎が帰宅する。
大治郎が船宿耳にしたのは無頼浪人が騒ぎを起こし、その後腹を切って自害したことを、三冬に話す。
大治郎が声をかけるが、三冬の反応がおかしいしと気が付いた、大治郎は三冬の目から熱いものが吹きこぼれている姿にはっとして言いかける言葉を飲み込むしかなかった。
三冬を主人公にした話はこれまではありませんでした。登場場面が多かったのは井関道場での顛末くらいですが。
ここまで心のうちを(直接的な表現はありませんが)描いた作品はなかったように思います。第一巻の女武芸者以来か?
剣の腕はあるのに、身分が低い、容姿が悪い、ことで周囲の人々にさげすまれ道を外れていく、岩田ですが、岩田に限らず、そういった人物は剣客商売にこれまでも何人か登場しています。
全集4巻の後半「狂乱」の狂乱で登場した石山甚市もそうでした。
もとは藤堂家の足軽でしたが、今は大身旗本の家人になっている。
この石山甚市、両方の家で疎まれてきた。それもこれも、身分の低い石山甚市が強すぎたため。
石山はそのせいで、心を病み性格がねじ曲がってしまう。
なんとも生きにくい世の中ではありますが、これは江戸時代に限らないでしょう。
いじめの問題の多くは、時代に限らず、こういった背景、人の嫉妬などが絡んで、その嫉妬によって、元は悪くない人の心までも蝕んでしまうということは、今でも十分起こるものです。
いじめは本人のせい、と周りの人間が言う場合、その周りの人間自身の態度が原因になっていることがあると思います。
時雨蕎麦、
どうにも、勘違いから起きた騒動というか、コメディ、特に人殺し、というものは発生しません。
小兵衛の弟弟子の川上角五郎が曰く、「女という生き物は実にどうも、恐ろしいものですなあ」
は池波さんの本音でしょうか。

助太刀、
この回、秋山家の人々が助太刀する話ではありません。大治郎が柳原土手で見かけた扇を売っている人物が気になっていました。
たmたま大治郎がこの人物が大勢の侍に難癖を付けられているところを助けることで事件が始まります。
この時、難癖を付けていた侍は、大治郎に逆切れ。侍達はある旗本のけらいではあるものの、ある道場の門人で、
この道場主や、主の旗本の殿様から、この復習に積極的になります。
侍たちは、大治郎を付けて、鐘ヶ淵の小兵衛の隠宅に大治郎がいるところを襲いますが、もちろん鮮やかに返り討ちにあって。全員とらわれてしまいます。さらに、扇を売っていた男は、全国を旅しているときに、敵討ちの旅をしている少年と出会って、江戸にいて仇を探していたのですが、その仇がなんと、この逆切れで大治郎を襲った道場の道場主。
道場の門人らが鐘ヶ淵に出向いて襲撃しているいる間sにその時、扇売りの人物は少年とともに、この道場主を敵討ちで襲い、成功。
扇売りの人物は胃癌もちで、この敵討ちが終わった後、ほどなくして、この少年の行く末を小兵衛に頼み、死んでしまいます。

小判二十両
小兵衛のかつての弟弟子の小野田万蔵の数奇な出生の火道にまつわる話。
子の生い立ちをめずらしく、小兵衛は、妻のおはるに話して聞かせますが、おはるはそのあまりな悲しい出来事に、涙を流します。「かわいそうですよう」
少女のころから、小兵衛の家で働き、そのまま楊兵衛の妻になって、世間知らずと言ってもいいくらい世間のひどい出来事を味合わずにきているおはるさんですが、生来の純粋さもあって、小兵衛も救われているところがるのですが、
この小野田万蔵の生い立ちはおはるさんにとってあまりにかわいそうな、生い立ちであったでしょうが、小兵衛には、そのような話は、はいてすてるほど、この世界にはあること。
そのため、はじめ、小野田万蔵が、相談しに来た時、たいして親身になってやれず突き放す結果になってしまい、小野田は人を殺して行方をくらまし、久しぶりに、小兵衛が見かけたときは、垢まみれのすがたになって苦労している姿が見えたので、小兵衛にも心に残る部分があったのでしょう。
剣の師弟でかつての弟子だった黒田を斬って捨てなければならないはめになったので、この回ではなんとか、小野田を救いたい、という思いが小兵衛にはあったのでしょうか。
後半、小野田の本当の母親についての話をおはるに、なんで小野田に話さないのかよう、となじられる部分
「先生は冷たいのだねえ」と言われてしまう部分、は小兵衛にもはたして 何が正解なのかわからない、のではなかろうか。
世間ではよくあることではあるが、当人同士だけで話が済まないので、簡単に割り切れるものではないでしょう。


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